島崎清大「ただ、生活。」

その日暮らしGt.Vo.島崎清大の日記。的な。文学かぶれ。

キミのイミを。キミのイミと。

曇天。

何もやる気が起きぬ昼下がり。今。

朝。
睡眠はしかと摂っているのに、眠れば悪夢、
うなされては起床。の複数回と繰り返し、
寝た気もせぬまま、所謂、早起き。無駄。

まさに、まるで。犬の飯のようなメシ。

いや、
それ以下と言わざる得ない食事を用意し、
それを無様に喰らい、食前、食後と薬を飲んで、
行き交い息詰まる思考を無理矢理、止めて、読書。
昼、現在。

余談であるが、
先程、食事を用意したと書いたが、
あれは食材を無駄にした何かしらのモノ。と
言っても過言ではない程の産物だった。
昨夜も同じ産物。

ましてや、昨日の昼なんてね、
もう産むこともせず終い。水道水やら、
日本のそこら中に点在し過ぎている自動販売機と言う名の
マシーンから、至極、身体に悪そうな飲料を2つほど、己の中で昼食と完結させ、また食前食後、いや、飲前飲後に薬を飲み、己の悶々や苛々、興奮、0.2秒の間隔で寄せては返す糞の足しにも成り得ぬ鬱を、若干、抑制し、遠去けた。
昨日、昼。

現実から逃げる様に、陽が落ちれば、
睡眠に特化した薬を飲んで眠る。
また文章の振り出しに戻る。日々、生活。
(たまに人の力で刺激有り。)

そんな話はどうでもいいのだ。

ついこの間、
何も理解できぬ、まぁ所謂、普通のヤツに、
「出たーww自己顕示欲〜ww」
と言われてしまったが、今のは正にそれだ。

アレは酷く傷つき憤慨した。
やはり、信用とは浅はかだな。

故に、責めてでも、此処だけでは、
自己顕示欲やら承認欲求などを満たす為の
唯一の僕の場所にさせて下さいませ。


他人には迷惑かからない程度でやりますゆえ。
「私もう25歳だし、昨日、飲んだファンタも、
もう美味しいと思えなかったし。だから大人なんだ。」

馬鹿げてる。
こんな話もどうでもいいのだ。

本題である。

今日は「意味」という言葉の
「存在」について考えていた。
「意味」の意味が知りたくなった。


最近、よく言われるのですが、
「あなた、痩せました?」
「はい、18キロほど」
「え?大丈夫ですか?また、なんで?」
なんてことを会う方々に、度々。

一先ず、大丈夫です。
ご心配ありがとうございます。
変な噂が立ってはいけませんからね。

なんで痩せたか。それは、とても単純。

食事を真面目に摂る意味を見失ったからが大きい。

自分が栄養を得るという行為に対して、それこそ、
意味も分からないし、資格すらないとも思っていた。

だが、しかし、心配されるのは良くない、大人だから。
だから、誰かといるときは、食べますよ普通に。
寧ろ、シッカリと丁寧に作り上げたものを、
食べさせたり、食べさせてもらったりしますよ。
お米とかも食べますよ。彼女が多いですね。

誰かと食べると、味が、独りの時より分かるでしょ?
どんな馬鹿舌と呼ばれる人でも、
心というものを持ってれば少しは分かるでしょ?

「意味(イミ)」の「ミ」は「アジ」だね。
誰かと食べる意味も味もあるね。


最近、話題性抜群で
この間フェスに来てくださってた、
2人組ヒップホップユニットの歌で
「ラップ抜きで愛してくれた彼女、友達、母ちゃん、父ちゃん。ラップ込みで幸せにしたい。」という様な切実極まりないフレーズ。夢追いかけてる人なら確実に心に残ってしまうフレーズ。パンチライン。サビ。

僕にそんな人いたかな。と考えた。

あの歌詞は時系列も大事だ。

○音楽を始める前から出会ってる人、
○音楽を始めてから出会ってる人。

この両者で、ほんの少しだけ変わる。

自己顕示欲の化物こと私の話ですが、
僕の周りには音楽を始める前から出会ってた人が、
なんと、いない。本当に、いない。
歳を増すごとに痛感するほど、いない。

母親がどこで何をしてるか知らないし、
完全なるトリックでヤツが市や国から借りた金は
丸ごと俺に移行してた事実も他人が気付いてくれたし、
故、僕が今、こんな状態のことも知らないだろう。

妹は弟になって刺青だらけで何処かへ消えたらしいし、
ある日、知らない妹の名を戸籍で見たが、
元々、知らない人だ。
認知し一時期、生活を共にしてこともある
義父は逮捕されたという噂も聞いた。

うひゃひゃひゃ。
(※みんなも笑うとこだからね)

そんな家庭環境でも大好きだった祖母がいる。
けど、大好きだからこそ会いに行ったってね、
何を言ったってね、どうしようもない。

最後に僕の中で本当に全ての何かを終える時に、
祖母には様々を伝えに行こうとは思っている。
伝えて意見も聞かず感謝の旨だけは伝えて逃げるつもり。


友人ですね、次は。親友とかね。
音楽してなかったとしたら、本当に居ません。

同級生が偶々、バンド続けてたりで、
おー!よー!とはなるぐらいはあるけれど。
あれ友人?微妙。

小中高の僕と言えば昔の記事でも書いたが、
ずっと図書室いるか、
正カバンに漫画と煙草詰め込んで公園に行くか、
少し金があればネカフェで時間を費やしてたので、
友達!親友!彼女!と呼べる人はいなかった。

今、僕の周りを囲んでくれてる方々は、
音楽が縁となった方ばかりです。お世話になってます。


でも、逆に両親もいて、兄弟なんかもいて、
心を許せる友人も少なくともいて、
学生時代から恋愛もしてて。という人でも、
今、全く、人に会いたくない人って居るんだよな。
その人にとっては意味がないからだ。きっと。

じゃあ、意味ってなんだろうな。ようやく。

必要と、する、される。は別の場所。だと思う。
その事実を自分は知らないことだってある。
というか知らないことの方が大抵、多いし幸せだ。

だから、僕は勝手に人の気も知らないで、
漠然と世間から逃げてるわけだしね。


恋愛も難しいね。
結婚は近くで見たことないし、
無論、したこともないから、
よく分からないけれど、

きっと、恋も愛も、意味というものは、
互いのタイミングで我儘に変わるでしょ。

※意味でなく理由は様々だろうが、

今日は一緒にいたいな。
今日は1人がいいな。
ずっと一緒にいたいのにな。
まぁ居ても構わない。などの
複数の心情が自分の人生のタイミングで
当然、自然として変化していくものだろう。きっと。

でも、僕は其処らへんにすら、
意味の存在をこじつけたいのだけれど、
どうも上手く纏まらない。

でも、少し分かるとするならば、
先ほども似た様なことを書いたが、

各々のタイミングで、
我儘に変化していくものが、
意味なのかもな。

そして、意味は変化も進化も退化もする。

意味の存在についての考察の解答は出なかったが、
僕の腑のオチどころを見つけた気がしましたね。

きっと、ですが、
寂しいのでしょうね。

意味を、
見つけようとしたり、掴もうとしたり、
探したり、こじ付けたり、ねじ込んだり、
増してや、後付けにしてまで行おうとしたりするなんて、

フォ-ン…という音と共に空いた、
心の空虚な穴を、塞ぎたくて、知ってほしくて、
見てほしくて、触ってほしくて、増してや、
ケアしてほしくて、僕等は、
意味を見続けるのかも知れません。

だから、
僕が生きながら探して続けていた意味を持ち続ける
僕の考えには到底、及ばない君と居続けるのでしょうね。

歳上の方々に問いたい。これは恋ですか?愛ですか?


何も解決してないけれど、勝手に僕は、
少し心が楽になり、落ち着きました。


文章を起こすという作業は気持ちが良い。
ネットだと楽だ。鉛筆は疲れるから頻繁にも、
長文も書ききれないからな。

僕、ブログ始めてよかったな。


もし最後まで読んでくれた人がいたなら、
付き合ってくれて、ありがとうございました。


曇天の昼下がり、14時。

恐れながらも、
夜を待ってみるよ。
また。