島崎清大の「来たる未来。」

島崎清大のブログ。の様なモノ。

要らない物を、掻き集め、

 

ここ最近、

完全に回復してきたと思われていた

体調やメンタルは、やはり悪化の糸を辿り、

不眠症と、えげつない漠然とした不安に苛まされ、

体の震えや、難聴は酷さを増し、

なんだか、何事にも集中できない日々が続いていた。

 

フェスから、昨日のライブまでも、そこそこ期間が空き、最近、珍しく発熱も起こし、なんだか、もう色々と、どうでもよくなっていたが、大切な人達の目は優しいし、その日暮らしは、きっと良いバンドでした。だから、なんだか一瞬の時間で、これから先の人生、どんな形であれ、なんとなく上手くいきそうな気がした。気泡のように、一瞬で消えたけど。満たされる日は、きっと来ないだろう。

 

馴れ合いじゃない何処かにいきたい。

怒りを馬鹿にされる次元にしか居れない人間のままなら、くたばりたい。

各々の形で、日常を守っていきたい。

 

良かれ、悪かれ、まだ此処じゃない気がする。

終着駅は、まだ見えない。

 

マインドの縦を合わせていくことが、

「生活」だと思います。

 

二日間ぐらい眠りたいです。

おやすみなさい。

 

色んな人達、ありがとう。

互いに頑張ろう。

 

 

 

千文字の手紙。

 

5月が終わって、6月がやってきた。

鹿児島の梅雨は、何とも言い難い厳しさがある。

雨が降っては灰が降って、灰と同時に雨も降る。

 

計り知れない緊張感や言葉にできない興奮が留めきれない5月が終わった。WALK INN FES!2018が終わった。

勘違いしてる人も多いとは思うけれど、僕はフェスが全てだとは思わない。一、鹿児島で生きていて、一、鹿児島でバンドをやっている僕の、分かりやすい目安であって、その為に、その瞬間の僕が何ができるだろう。という利己主義な考えが1番に過ぎない。しかし、そこを経ての、周囲の表情や、瞬間の感情などを見ていると、僕はこのフェスを今年も経て良かったな。と安堵する。間近で見れてよかった。という単純な回答でしかない。

 

準備などは正直、褒められたい。や、引きこもりの僕がどこまでできるだろう。などという下心と呼ぶにも恥ずかしい感情で尽きる。しかし、間近でフェスへの過程を見ていれば、当然の如く、フェスはより一層、楽しさを増すし、その光景を知らない人達にも伝えたいから、僕はツアーを回るし、新しい曲も作るし、CDだって出す。それをまた、色んな表現で、様々な場所で様々な人に話す。伝わらなくたって、報われなくたって、話す。それから死ねばいい。

 

感謝している。様々な方面の様々な人達の様々な光景に、心より、感謝している。ありがとうございました。

 

それから経つ日々なんて、あいもかわらず、ダメな毎日で、日焼けした肌が、脱皮していくのをただ、眺めているだけのような、何にもならない日々を過ごす。漠然とした不安や、未来への渇望と焦燥。灰皿にシケモクが増えていくのを見守る日々。

 

僕は、もう、正直、大成、なんて言葉は興味がなくなってきた。思想や論理に飲み込まれる日々に嫌気も差してきた。この間、誕生日を迎え、26になった。比較は虚しさを産むだけであり、期待は受けるにも与えるにも、限度があり、その限度も、物差しがつくようになった。

 

そんな中でも進んでいく日常や、些細な出来事に対する愛や性欲を大切にしていきたい。それだけで、ぼんやり生き延びていく。復活の目印は既に立っている。

 

春終わり、夏近きかや。

五月雨の狭間で揺れる心は、

もう僕の手中にはない。

愛だけがある。怒りと共にある。

僕の存在も存続していく。

 

幸、多からんことを祈る。

 

我を忘れないように、たった何文字かの言葉に縋るように祈る。

大体、僕らが。

 

包まった死体から脱したい、痛いけど居たいな。

抱いた期待を持っていたい、気体みたいな液体。

 

大体、僕らが、向かう場所は1つで、

確実に隙間を埋める音楽、言葉、人と人。人々。

 

間に合っていたい。間に合わせていたい。

抱き合っていたい。問い続けていたい、

未来、綺麗?

過眠症のうた。

 

要らない、何も。捨ててしまおうかな。

濡らした枕は昨日と同じヤツさ。

パーティに行こうぜ。俺じゃ役不足だけど。

ハッピーな曲も、アッパーな曲もないぜ。

 

12時間寝て、12時間起きてる。

夢か現実か?理想から論理か?

捨ててしまおうか、全部。ババ抜きみたいに。

揃っちまったら終わりさ。

揃っちまったら終わりさ。

 

覚えてる。まだ甘えている。

君の胸で眠りたいな。

 

クリームパスタみたいに絡んでは死んでいく。

そんなのは嫌だ。そんなのは嫌だ。

創ってくれよ、全部。

今日の月ぐらいは、許してくれよ、全部。

 

パーティに行こうぜ、俺は不細工だけど。

ハッピーな面も、アッパーな面も、あるぜ。

 

覚えてる?まだ甘えている?

君の胸の内を、知りたいな、全部。

 

クリームパスタみたいに絡んでは死んでいく。

そんなのは嫌だ。そんなのは嫌だ。

教えてくれよ、今日は。君ぐらいはさ。

愛しておくれよ、全部。

問答

語りかけてくる。

僕自身、超えて、僕の細胞ひとつひとつが、

語りかけてくる。

 

「もうやめてしまおう。生きてる心地や実感がないならば、もう生きていく必要などないのではないだろうか。そして、今、君が行なっている行動は、生活でも生存でも、最早、堕落でもない。ただ排泄する為だけのアイテムでしかない。クリームパスタの具材として茹でられて死ぬがいいよ。」

 

答える。

 

「君達は何も分かってはいない。こうする他ないのだ。僕は今、激昂している龍の腹の中で眠り続けているような気持ちなんだ。気が触れてしまっているわけではない。本当にそんな気持ち。ここから出たくはないんだ。そう。わかってる。逃げてる。というような言葉の類に似ているね。あぁ、そんなことより、お腹が空いたよ。お腹が空いてるわけではないのもわかってる。そう、君たちの言う通り、何かしらの実感が欲しいだけなんだ。それだけなんだ。」

 

クリームパスタに絡まって死ぬか、

激昂の龍の腹で眠り続けるか。

もう夢と語り合えるレベルまできている。

果て

 

畏れ多く、日々に何の産物も産むことができず、

ただ自己嫌悪から成る、四畳半に渦巻く憂鬱を、

勝手に感傷や思想と名付けるばかりの男は、

外に一歩出て、人と交わるとなれば、

最果てまで道化を演じきらなければならぬ。

 

誰か如何程かの借銭と、

飲酒を願う。

 

私は世間から離れるために、

眠剤を飲んで光を遮断して眠ります。

 

また。さようなら。

年末

 

右に行こうとする心を左に捻じ曲げ、

左に行こうとする心を右に捻じ曲げ、

捻くれた性格や思想を、出来る限り、

誰にも迷惑をかけないように、

真っ直ぐ、無垢に、向くように、無理矢理、

調整してきたつもりだった。

 

しかし、君への後ろめたさや、

僕の情けなさが、消えるわけではなく、

穏やかな表情での生活や、

楽しそうに笑顔でするライブを、

認めてくれない人は少なくはない。

 

僕は後悔は少ないけれど、

相反して正解も多くはない。

 

年末に漂う、日頃よりも強く感じる忙しさや、

何日に帰るよ。なんて、言う家族のやりとりを、

僕は未だに直視できずにいる。

 

恋人や家族は尊い。 

 

それに、漸く、気付いたのは、この一年だった。

なのに、想いや思想に伴う生活を送れずにいる。

 

噛み締めた歯ぎしりで、奥歯は磨り減り、

生活の何にも実感が湧かず、噛み切ろうとした、

舌に、傷跡だけは、残った。

 

セーターを脱ごうとした際の静電気による火花は、

冬の晴天の夜の星と何ら変わらなかった。

分かるかい?

 

君の隣で寝ていた温もりを、今夜も思い出し、

一人で包まった、ヤニ臭い毛布の中、

僕は粒々と涙を流し、君を想った。

 

良い一年だったと思います。

 

傷つけた人は数知れないし、

自身、救われた人も少なくはない。

というか、数えきれない。

 

正直、来年になったら、

この濃霧を素早く振り払えるとは

思ってはいない。一切。

 

正しい月と書いて正月になる。

正すのか、正されるのか、は分からないが、

正月で、諸々と固めたい。

 

純に、

今年も生きててよかったし、

また来年も生きていたい。

そして、この一年を、形変えて、返したい。

 

 

僕に関わってくださった、多くの皆様、

本当にありがとうございました。

 

また来年も、こんな僕ですが、

宜しくお願い致します。

 

良い、お年を。