島崎清大の「来たる未来。」

島崎清大のブログ。の様なモノ。

これは、最早、病ではない。

Twitterに少し書いた、分かりづらい文章。
手記の日記にも書いた、自分でも分からない現象。

「夢が現実を追い越してきている。」


僕の最近の日々はと言えば、
明朝か、昼過ぎまでか、
(これは決まっていて、)
自分の家なら午前7時、
彼女の家なら午後14時に眼が覚める。
100%で。謎。

アラームなどかける用事もない。

起床して、調子が良ければ、
調子に乗って、友に電話して茶をしたり、
スーパーに買い物にでも出かけてみて、
彼女の夕食を準備したり、
スタジオでメンバーに言われた注意点を、
ボイスメモ聴きながら、フンフン言って
練習したり。

調子が悪ければ悪いほど、脳と身体は鈍り、
リクライニングソファとやらから動けずに
麦茶と煙草だけを目の前に置き、
只管に火をつけ、町田康太宰治の文庫を読み漁るか、
ゲームを嗜むか、漠然とした不安に寄り添う。呑まれる。


漠然とした不安だけならよかったのだ。

それだけだったら楽だったのだ。

最近は変わってしまった。

寝てる時に夢を見る。悪夢が2割。
それはトラウマ的な要素の夢だ。
全て一切、詳しくは覚えてないが、
タイミングよく寝言を聴いた方々は、
誰かに何かをずっと謝罪してたよ。とのこと。
頻繁に聞く。

問題は残り8割の夢の話だ。

その夢は、
忠実に僕に現実的、途轍もなくリアリテイが深い。

とても身近な人とラインをしたり、
出かけ先で会って話し込んだり、
電話をかけたり、かかってきたりで、
最後には何かしらの約束をする。

何処かへ行くとか、スタジオに入るとか、
その人のライブを見に行くとか、飯食う酒飲むなど様々。
その約束の日から
当然のように
今の良い時もありゃ悪い時もある
いつもの日々は経過して
その約束の当日に約束を思い出し、
焦りながら起きねばと起床する。


そこまでが夢なのだ。

然し起床した時点では気付いていない。
夢の真っ最中?狭間?

焦る僕はラインをチェックし、
スケジュール帳を見て、家のカレンダーを見て、
全てを思い出そうとする。
然し、まず、日付も時間も全く違うのだ。
2週間ぐらい先の日付だったりするのだ。

 

というか、そんな約束自体、存在していないのだ。


最初は特に別として何とも思っていなかったが、
今週1週間から2週間。ずっとこの夢だった。
伝わるかな?意味が。言葉に起こしづらいのだけど。

僕は恐怖した。寝るのが怖かった僕は、
薬で寝れるようになり、
次は起きるのが怖くなった。

僕は見解した。

落ち込むことや瞬間の怒り、恐怖には純に迅速なのに、
それ以外のことは、やけに脳が冷静で、比例して、
昔より随分と気持ちとやらも冷めてきている。
だから、その冷静さを利用して、これを見解した。

僕の周りには疲れてる人が多い。
そりゃみんな疲れてる。
自分の事、仕事や学校の疲労でも手一杯なのに、
家庭、恋愛、目標、将来、現状と未来の差、
追うように追われてる日々。
のしかかられてる人々を見て僕は思う。

大丈夫かな、僕。と。こんなのが生きてて。と。

今は休息だ、休息だ。と、
先ず周りから、そして、最近は自分でも
言い聞かせながらも、僕は僕で、やはり不安は不安だ。
兎に角、不安だ。何が?今が。

この脈略もなく、当てもなく、
ただ怠惰な落ち込み切った現実、
精神、身体、日々、日常。
途方も無い、他人の時間を無駄にしてる感覚。

理想とは真逆なのだ。

いや、語弊がありますね。
みなさんが理想の日々を過ごせてるなんて、
そんなことは思ってはいません。
過ごせてたら僕も喜ばしいです、純に。


普通にできてたことが出来なくなり、
その理由が分からず、最早、ただ、
様々な力を借りては貰って逃避してるだけなのでは。
と隅にはある。開き直れるわけがない。
元来、気にしいで女々しい。

普通の人が普通に歩き働き疲れ
食事をし、ライブをし、仲間と、
笑いも喧嘩もする日々が、
僕の日常に於いては極限まで減っている。

それを夢で、
俺の理想と俺の現実を、
馬鹿な頭と心が、
どうにかこうにか擦り合わせようと、
どうにか近付けようと、此処で折り合いつけようと。
している。してやがる。

という見解になった。きっと。
というか、そうだとしか思えない。

おい、俺の中の馬鹿な脳みそと心身よ。

その行為は今の俺にとって全く真逆だ。

より空虚な気持ちに、
より面倒な精神になり、

日々、生きて、時間を経る毎に、
「最も楽に死ねて、その中でも、最も人に迷惑をかけない方法」を思案して検索すること。という糞の果てのような時間にしか辿り着けぬ。益々、情けなく辛くなる一方である。

動き出さねばならぬ。という焦りに、
また何かが邪魔が入るだろう。どうせ。

生きてる。という実感ないまま生きてる。
死んだように生きている、現状、畜生。
だ、本当に身を以て。

こんな現状の僕に人を思いやれる力なんてないと
打ちひしがれ、また逃げるのだろうか。

唯一、楽しみにしてた今週の練習、今日。
今さっき終わったが、

安定剤の効き目も
メンバーの疲労も抜群に相まってしまい、
期待してた実感はなく時間が経った。

悪い練習ではなかった内容は。

寧ろ、しっかりとした丁寧な練習ではあった。
だけど、勝手に、こんな日々の中、俺は1人、
生き甲斐にしようと意気込んでしまっていたのだ。

それはバンドじゃなくても、今日で無くとも、
いつでも、誰とでもあることだ。


また眠りにつくのが怖くなる。
そんなことなら、もっと、
激しく現実から懸け離れた夢を見させてくれよ。


無理なら、どうにか現実で、起きながらにして、
しっかりと自分で、いつか、いや、早い所、
少しずつ何処かで何かを創らねばならぬ。


これは最早、病気ではない気がしている。
救いを求める場所も人もない。心は見えない。
風邪みたいに身体に出てくれたらいいのに。


暗くなってしまったが、
スタジオが有って、明日と明後日は
彼女が休みで、2週間後には熊本にも行ける。
俺はまだ生きてる。

 


死に損ない。
トドメを派手にクレ。か。

 

こんなものを、
読んでくれた人ありがとう。
読ませたくて書いてるのだけど。
だからこそ、ありがとう。


承認欲求というより、最早、それをも越え、
メンヘラアピール文章の羅列になってしまったが、
いち反面教師や、誰かの文庫の短編のような
心持ちで読んでください、これからは?これからも?

そして、本当にお茶とか何でも誘ってください。
お願いします。


良い週末を。

キミのイミを。キミのイミと。

曇天。

何もやる気が起きぬ昼下がり。今。

朝。
睡眠はしかと摂っているのに、眠れば悪夢、
うなされては起床。の複数回と繰り返し、
寝た気もせぬまま、所謂、早起き。無駄。

まさに、まるで。犬の飯のようなメシ。

いや、
それ以下と言わざる得ない食事を用意し、
それを無様に喰らい、食前、食後と薬を飲んで、
行き交い息詰まる思考を無理矢理、止めて、読書。
昼、現在。

余談であるが、
先程、食事を用意したと書いたが、
あれは食材を無駄にした何かしらのモノ。と
言っても過言ではない程の産物だった。
昨夜も同じ産物。

ましてや、昨日の昼なんてね、
もう産むこともせず終い。水道水やら、
日本のそこら中に点在し過ぎている自動販売機と言う名の
マシーンから、至極、身体に悪そうな飲料を2つほど、己の中で昼食と完結させ、また食前食後、いや、飲前飲後に薬を飲み、己の悶々や苛々、興奮、0.2秒の間隔で寄せては返す糞の足しにも成り得ぬ鬱を、若干、抑制し、遠去けた。
昨日、昼。

現実から逃げる様に、陽が落ちれば、
睡眠に特化した薬を飲んで眠る。
また文章の振り出しに戻る。日々、生活。
(たまに人の力で刺激有り。)

そんな話はどうでもいいのだ。

ついこの間、
何も理解できぬ、まぁ所謂、普通のヤツに、
「出たーww自己顕示欲〜ww」
と言われてしまったが、今のは正にそれだ。

アレは酷く傷つき憤慨した。
やはり、信用とは浅はかだな。

故に、責めてでも、此処だけでは、
自己顕示欲やら承認欲求などを満たす為の
唯一の僕の場所にさせて下さいませ。


他人には迷惑かからない程度でやりますゆえ。
「私もう25歳だし、昨日、飲んだファンタも、
もう美味しいと思えなかったし。だから大人なんだ。」

馬鹿げてる。
こんな話もどうでもいいのだ。

本題である。

今日は「意味」という言葉の
「存在」について考えていた。
「意味」の意味が知りたくなった。


最近、よく言われるのですが、
「あなた、痩せました?」
「はい、18キロほど」
「え?大丈夫ですか?また、なんで?」
なんてことを会う方々に、度々。

一先ず、大丈夫です。
ご心配ありがとうございます。
変な噂が立ってはいけませんからね。

なんで痩せたか。それは、とても単純。

食事を真面目に摂る意味を見失ったからが大きい。

自分が栄養を得るという行為に対して、それこそ、
意味も分からないし、資格すらないとも思っていた。

だが、しかし、心配されるのは良くない、大人だから。
だから、誰かといるときは、食べますよ普通に。
寧ろ、シッカリと丁寧に作り上げたものを、
食べさせたり、食べさせてもらったりしますよ。
お米とかも食べますよ。彼女が多いですね。

誰かと食べると、味が、独りの時より分かるでしょ?
どんな馬鹿舌と呼ばれる人でも、
心というものを持ってれば少しは分かるでしょ?

「意味(イミ)」の「ミ」は「アジ」だね。
誰かと食べる意味も味もあるね。


最近、話題性抜群で
この間フェスに来てくださってた、
2人組ヒップホップユニットの歌で
「ラップ抜きで愛してくれた彼女、友達、母ちゃん、父ちゃん。ラップ込みで幸せにしたい。」という様な切実極まりないフレーズ。夢追いかけてる人なら確実に心に残ってしまうフレーズ。パンチライン。サビ。

僕にそんな人いたかな。と考えた。

あの歌詞は時系列も大事だ。

○音楽を始める前から出会ってる人、
○音楽を始めてから出会ってる人。

この両者で、ほんの少しだけ変わる。

自己顕示欲の化物こと私の話ですが、
僕の周りには音楽を始める前から出会ってた人が、
なんと、いない。本当に、いない。
歳を増すごとに痛感するほど、いない。

母親がどこで何をしてるか知らないし、
完全なるトリックでヤツが市や国から借りた金は
丸ごと俺に移行してた事実も他人が気付いてくれたし、
故、僕が今、こんな状態のことも知らないだろう。

妹は弟になって刺青だらけで何処かへ消えたらしいし、
ある日、知らない妹の名を戸籍で見たが、
元々、知らない人だ。
認知し一時期、生活を共にしてこともある
義父は逮捕されたという噂も聞いた。

うひゃひゃひゃ。
(※みんなも笑うとこだからね)

そんな家庭環境でも大好きだった祖母がいる。
けど、大好きだからこそ会いに行ったってね、
何を言ったってね、どうしようもない。

最後に僕の中で本当に全ての何かを終える時に、
祖母には様々を伝えに行こうとは思っている。
伝えて意見も聞かず感謝の旨だけは伝えて逃げるつもり。


友人ですね、次は。親友とかね。
音楽してなかったとしたら、本当に居ません。

同級生が偶々、バンド続けてたりで、
おー!よー!とはなるぐらいはあるけれど。
あれ友人?微妙。

小中高の僕と言えば昔の記事でも書いたが、
ずっと図書室いるか、
正カバンに漫画と煙草詰め込んで公園に行くか、
少し金があればネカフェで時間を費やしてたので、
友達!親友!彼女!と呼べる人はいなかった。

今、僕の周りを囲んでくれてる方々は、
音楽が縁となった方ばかりです。お世話になってます。


でも、逆に両親もいて、兄弟なんかもいて、
心を許せる友人も少なくともいて、
学生時代から恋愛もしてて。という人でも、
今、全く、人に会いたくない人って居るんだよな。
その人にとっては意味がないからだ。きっと。

じゃあ、意味ってなんだろうな。ようやく。

必要と、する、される。は別の場所。だと思う。
その事実を自分は知らないことだってある。
というか知らないことの方が大抵、多いし幸せだ。

だから、僕は勝手に人の気も知らないで、
漠然と世間から逃げてるわけだしね。


恋愛も難しいね。
結婚は近くで見たことないし、
無論、したこともないから、
よく分からないけれど、

きっと、恋も愛も、意味というものは、
互いのタイミングで我儘に変わるでしょ。

※意味でなく理由は様々だろうが、

今日は一緒にいたいな。
今日は1人がいいな。
ずっと一緒にいたいのにな。
まぁ居ても構わない。などの
複数の心情が自分の人生のタイミングで
当然、自然として変化していくものだろう。きっと。

でも、僕は其処らへんにすら、
意味の存在をこじつけたいのだけれど、
どうも上手く纏まらない。

でも、少し分かるとするならば、
先ほども似た様なことを書いたが、

各々のタイミングで、
我儘に変化していくものが、
意味なのかもな。

そして、意味は変化も進化も退化もする。

意味の存在についての考察の解答は出なかったが、
僕の腑のオチどころを見つけた気がしましたね。

きっと、ですが、
寂しいのでしょうね。

意味を、
見つけようとしたり、掴もうとしたり、
探したり、こじ付けたり、ねじ込んだり、
増してや、後付けにしてまで行おうとしたりするなんて、

フォ-ン…という音と共に空いた、
心の空虚な穴を、塞ぎたくて、知ってほしくて、
見てほしくて、触ってほしくて、増してや、
ケアしてほしくて、僕等は、
意味を見続けるのかも知れません。

だから、
僕が生きながら探して続けていた意味を持ち続ける
僕の考えには到底、及ばない君と居続けるのでしょうね。

歳上の方々に問いたい。これは恋ですか?愛ですか?


何も解決してないけれど、勝手に僕は、
少し心が楽になり、落ち着きました。


文章を起こすという作業は気持ちが良い。
ネットだと楽だ。鉛筆は疲れるから頻繁にも、
長文も書ききれないからな。

僕、ブログ始めてよかったな。


もし最後まで読んでくれた人がいたなら、
付き合ってくれて、ありがとうございました。


曇天の昼下がり、14時。

恐れながらも、
夜を待ってみるよ。
また。

お前は失礼な奴だ。と叱られる為の文章。

 

未来に対して、

最早、明日、明後日に対しても、

僕は確信を持って約束できることがない。

 

どうしたらいいのだろう。

 

人に対して、恋人や恋人の親に対して、

事を成し遂げようとするメンバーや仲間に対して、

僕は只管に後ろめたさを感じている。

 

邪魔。とまでは言われきれなくても、

僕にその思想が強く残る限り、

囲む人達も戸惑い疲労し、

どうすることもできないだろうから。

 

僕は逃げたい。と思う。

夜がやってきたら特にだ。

此処まで救われて助けられて愛されたのに、

逃げたい。この漠然とした不安から、

逃げたい、というのは、死にたい。だ。

 

どうやったら楽に死ねて、

出来る限り人に迷惑をかけないかを考え、

疲れ果てたと同時に薬が効いてきて眠る。

 

死ねずに起きる。

 

生きてしまった。生かされた今日がやってくる。

それを恩返しする気力もない僕は、

また本を手に取り、曖昧な自己投影を重ね、

本を閉じた瞬間に現実がやってきて、

何も考えまい。と、また眠る。

 

眠りとは死に1番、近い状態らしい。

だから、睡眠が大事だと言われる。

頭も心も休むから。でも、僕の場合、

併発してるPTSDもあり、寝つきも寝起きも悪く、

然程、変わらない。眠ってるほうが生活してるよりは楽。

 

そんな現状、感情のニンゲンを、

優しく包み込もうなんて、

愛されたいなんて、我儘が過ぎる。

 

真面目。だと僕に言う人がいる。

嫌味かなと思う。

 

人は優しさと愛だけでは、

付き合っていけないのだ。

 

それをしっかりと様々な場所で

目撃してない、愛され方も愛し方も

知らなかったから、優しい人で在る。ということだけが僕の価値だと思ってたが、俺より優しい奴なんて死ぬほどいる。

 

でも、あなたは今、それで

仕方ないと。また君は君に嘘を吐いて、

周りにもそうですね。と同意して

無理に仕事に行き、疲弊して帰宅し、

また僕のことで悩む。重荷以外の何になり得るのだろうか。

 

死に近い眠り、よりも

眠りに近い死。をください。

 

梅雨への恐怖。

 

今日は珍しく僕にしては1人で、

そして、外で活動した。最近は、

洋楽を聴いている。声というものに、

鬱陶しさを感じる気がして、日本語だと

直接的すぎるなと、今の僕の日常ではね。

日頃はそんな事はない。

 

洋楽は英語の歌詞、そんなに分からないけれど、

音は気持ち良いし、日本語で精神を駆り立てられる事もないので、より、曲に対して集中できるし、逆に全く無の感情で聴いて、街の音を掻き消す道具としても使える。だから、洋楽はいい。

 

声、は怖いが、文字は怖くない時期に入り、

テレビもラジオも映像も喧騒も不安な僕は、

深く読書や漫画に傾倒しだした日々です。

 

帰宅後、炊事洗濯、家事料理を済ました僕は

今、時間を持て余してる。

 

太宰治ヴィヨンの妻

古谷実サルチネスを読み直し、

最近の自分の環境や感情が的確にハマってしまい、

うーむ。と深く考えてしまい、

考えきれてないということに、

深く落ち込んでしまった。

 

優しさとは何か?と考えた。

各々の容量、度量とあるだろうから、

其処まで強く断言はできないが、

僕の中では、その過程までは行き着いた。

 

まず許容は優しさだろうか。

許容は相手を傷付けないし

許容されてる事にすら相手は気付いていないかもしれない。

 

許容は当人からしたら、その殆どは我慢であり、無理をしてる状態である。パンパンに膨らんだ風船はどんな硬さのものでも先が尖ってさえいれば、いとも簡単に破裂する。

 

破裂した時には時、既に遅し。

爆発は多大な力を生み、互いに傷つく。

許容されてたと気付いていなければ尚更。

 

優しさも愛も限度を超えたら迷惑になる。

迷惑とは暴力にも憎しみにも悲しみにも呆れにも様々な形へと変化していきます。

 

だからと言って、押し黙る様に、

相手に介入しない様にしても、

疑念、不安は当人には付き纏います。

 

それを感じてしまうのも相手です。

 

あくまで他人で、あくまで他人事のはずなのに、

どうしようも1人では纏めきれず、

2人の物差しで測りながら、生活していくのが、

恋愛です。いつだって、折り合いが大事なのです。

 

恋愛程度なら、やはり飽くまで自分の人生が1番だと考えるのが普通だと僕は思います。そこで話し合いが行われず、僕の場合は、他人の人生に介入してしまい、何かを汚してしまった気がします。しかもマトモな人間なら未だしも、漠然とした不安に毎日、襲われては、何もできず、かまけてる様にしか見られず、甘んじてるのではないかという罪悪感が残るばかりです。

 

僕は優しさも許容も押し黙ることもできてないのだろうか。と昨夜から考えてました。朝になれば落ち着くだろうと必死に眠りに就こうとしたが眠れず、漠然は巨大化していくばかりで、1人の話ではなく、2人の話なので、より罪悪感はネガティヴを量産し続け、僕を飲み込もうとします。

 

僕は急いで結論してしまいます。

何故でしょうか。

それはもう僕の人生が他人の人生にとって邪魔になってる気がしてならないからです。

助けてもらったりして、感謝と大切を大丈夫を覚えたはずなのに、たった1人の一言で僕の中は一変してしまいました。

巻き込んでしまってるのではないかと。

その人の人生には不必要な部分なのではないかと思わざるを得ないのです。その根源はどこからでしょうか。

 

ゆっくり考えて、落ち着きな。

再スタートなんて何時でも切れるさ。と。

言ってくれる人達は多い。

 

そう思うし、そう思えないのだ。

再スタートはどこにある。

再スタートは始まってるかもしれない。

再スタートを見失ったかもしれない。

その時点で僕は君を見失ってるも同然でしょう。

 

大量に作ってしまったポトフは腐るのでしょう。

 

今日で5月が終わり、全てが終わり始める気がしてます。ステージやスタジオだとそんなことは思わないのに。

 

梅雨の時期がやってきます。

僕は不安です。梅雨が苦手なのです。

まだ歳月に追いつけてないのです。

 

友達に嘘をつきました。

 

きっと、大丈夫さ俺とお前も。と。

 

本当は

自分が大丈夫じゃないから、

口にしたのです。

 

その日を終える言葉が

それしか言葉が見当たらなかったのです。

 

酷く無様でした。

 

「5月」

 

早速だが、正直な話、今この状態で、

筆を執るべきか微妙な状態である。

然し乍ら、昼寝をしようとしたところ、

頭がウォンウォンと高鳴りを上げ、

心の熱を落としていくような気配がした為、

一先ず、此処に残しておくことにする。

 

WALK INN FESが終わった。

現場を目撃してない人は、

そこまで親身に感じられないだろうが、

あの現場に居た人たちは、皆、

近い感情や漠然とした熱を感じたことだろう。

そして、同じ方向を向いたことであろう。

 

完全なる主観、バンドマンやら

その日暮らしの一員などを全て除いた、

今を生きる一人間としての想いを記すことにする。

 

今年もWALK INN FESの詳細を知ったのは数ヶ月前。出演が決まったのも何ヶ月か前。

 

その期間ぐらいから僕個人に、様々な事が重なり、身体や心に異変が起き出し、沢山の人の優しさや力を貰いながら、無呼吸で生きてるかのような毎日だった。最早、何故、今、此処に存在しているのかも分からなかった。けれど、僕を笑いながら、こっちに来いよ。と呼びかけてくれ、後推ししてくれた人達は、ある人の背中を見て、同じ様な想い、その背中を受け継ぐ為に行動してる人達だった。それは僕が最近、知っただけで、本当は暫く前から、それは行われていた。無呼吸のような生活の中で、その人達の連結、その大きな背中を持つ人物の有り難みを、遅かったが、理解し、沢山、話をし、僕は少しずつ、また呼吸を始めた。

 

「無垢な信頼こそ罪なりや。」

という言葉を僕は人生経験より、

真っ向から信じている。そこは揺れない。

故、人を10割で信じる事はない。確実に。

 

然し、僕は8割でしか信じれない人をも、

10割で愛したいし10割で愛されたい。

信じるとそれは別のベクトルだと個人的に解釈している。

 

そんな事を考えていた。

 

僕は腑抜けた毎日を過ごしていた。

何かにかまけていた訳ではない、

どうしようもなかったのだ。

 

何かを起こすエネルギーやパワーの根源を、

忘れてしまい、根拠のない不安に、

毎夜、毎夜、怯えていた。

 

けれど、僕の好きな人達が、

何かを起こそうとしている、

協力しようとしている、していたのを目撃し、

こんな状態の僕でも何か出来ないかと想い、

そこへ目を向け足を向けた。

 

やりたいからやる。

好きな人達がやってるからやる。

僕は自分の為に、今の自分を知りたいから、

そこへ出向いた。

 

人それぞれの想いの大小はあるだろうが、

そのキッカケは何でもいいからだ、恐らく。

 

ガリガリに痩せ、

引きこもっていた僕の白い肌は薄く焼け、

久々に人と何か力を合わして炎天下の下、

行動を起こした僕は、とんでもなく、

既に満足していた。疲労が嬉しかった。

2日間の準備は、そこでも、人の優しさを

受けながら、無事に終わった。

 

そして、20日、21日と、

4年目となり、初のツーデイズの

WALK INN FESが行われた。

 

全てを通し、僕は愕然とした。

立ち竦んだ。

 

何故なら、

想像を絶するぐらい美しく、

果てなく雄大で、到底、今の僕の許容量を

優に超えていく景色ばかりだったからだ。

 

この鹿児島という土地で行なわれている景色だと俺は信じれずにいた。

 

 

僕は2日目が終わり、袰谷に家まで送って貰い、

帰宅して直ぐ床に倒れこみ落ち込んだ。

というより、今、この時間までも落ち込んでいる。

 

まだ足りなかった。と悔いた。

 

しかし、先述した通り、

各々の大小は確実に在る。

 

故、今の僕にしては、

頑張れた方なのではないかと、

思える部分もある。

 

もっと共有したかった。

させてほしかった。

させたかった。

 

未だエネルギーは足りない。

あの人の流した涙と、2日間を締め括った、

最後のあの言葉で僕の中で大きく繋がった。

また変わりだそうと決意した。

それは漠然としている。

人生の、どのカテゴリに属すか分からない、

いや、全てに属してしまうかもしれないからだ。

 

大切にされてきた、僕は。

紆余曲折ありながらも許されてきた。

僕も、そう在りたいと思った。

 

いつ再スタートダッシュを切れるか分からない、

なにがゴールかは分からない。

どういう方法で、

隣の人から、身近な人、

そして、そこで紡いでいく人達が、

笑顔になるかは分からない。

 

もがき方から探そう。僕は。

これを読んで、成る程。と思った人がいたら、

茶でも酒でも酌み交わして話し合おう。

 

漠然とした支離滅裂な文章であったが、

最後まで読んでくださり、有り難う。

 

最後に、

様々な事を変えてくれた僕の彼女の誕生日、

クソの端くれみたいな僕の誕生日、

力漲るWALK INN FESが在る12ヶ月の内の1ヶ月、

5月に様々な経緯からの敬意を込め、

「5月」という曲を書いたので、

その詩を載せて終わります。

 

 

 

「5月」


気付けても、気遣えず、傷つけて。
どうしていいか分からず、
僕は一先ず君の手を握りました。

その繋がった両手を逆さまにしたら、
まるで何かを祈るかのような形。
「何を祈ってるのだろう?」と僕、
「何を言っているのよ。」と君。

映画を借りて帰りました。
帰ってきて、静かな君に、静かにキスをします。
「宙に浮かぶ様な気持ちだ。」と僕、
「地に足つけて生きてね。」と君。


大事なことは、何故だか話せない君。
大事な君を、歪に離せない僕。


5月が来て終わっていく。
終わった5月に、また共に会いに行こう。
歳月を経て変わっていく。
「変わらないものも愛せるようにと。」


形。君なりの形。
重さ。君だけの重さ。
大きさ。君、故の大きさ。
楽さ、誰とも比較しなければ。


無理に無理と気付き、貴方が壊れる前に、
静かに眠れますように。と祈り、
喜怒哀楽を失う前に、僕等と、
出会えますようにと願い、この歌を終えます。

それでは、また。

 

 

 

眠気よ、来い。哀しみの土曜日。あ、もう日曜日。

書き終わってから気付いた。

長い。長すぎて添削もしないので、

誤字も多いと思います。

でも読んでくれたら嬉しいです本当に。

マジで、リアルガチで。そして、なんか意見ください。

 

始まり。

 

 

貧乏だと思ってなかった幼少期。

独りが寂しいと感じたこともなかった幼少期。

こりゃ自由で良いなって思ってた幼少期。

他の家庭や両親に憧れが皆無だった幼少期。

 

年を重ねるにつれ、

「オトナノジジョウ・ウソ・カクシゴト・ミニクサ」

を、人づてに真実を聞いたり、寝たふりをして聞き耳を立てたり、次第に理解していく上、真意も奴らの自己肯定の過程すらも見透しだす。然し乍ら、

僕の中で何かが終わっても、別に環境も家庭も俺も何もかも変わるわけではないから平気だった幼少期。諦めた幼少期。

 

僕が腑に落ちないなぁと思ってた学校の雰囲気や家での居心地の悪さ、友達のできなさ、友達風の変な空気、クラスのリーダーに従う男の子達、それを見て惚れ惚れられの女の子達。周囲との感覚の違い、教室に座っておくことが、ある日、耐えれなくなり、朝から学校が閉まるまで図書室で手当たり次第、本を読んでた小学生活。夏休みも、毎日、朝から夕方まで学校の図書室に居た。年600冊は読んでた手当たり次第。真っ白なガリガリの僕に何も聞かないでくれた出口先生という女性の図書の先生。お元気でしょうか。現在の僕の中で、時を経て、貴方は轟々と燃えています。

(とても会いたいです。)

 

思春期がやってきた。中学生になった。

劣等感を隠すためのナルシズムが生まれた。

周囲の男子と同じように

純粋にモテたかった。気取りたかった。

他の小学からきた、また新たなリーダーが生まれ、よりカーストが分かりやすくなった。

全てに属し、そいつらの普通を行い、平均より少し下に位置し、真面目に部活も行っていた。

ヒエラルキーバランスを取るため、

誰にも心配されない為。バレないようにする為。

 

中二の夏真っ盛り、思春期真っ盛りの僕に、

パンクバンドのCDとMDを貸してくれた転校生。 

 

よく聞くでしょう。

「CD再生したら僕の中の世界が変わったんだ。」

なんてやつ。

 

何が情けないのかもわからない、のに、なんか情け無さそう奴が、情けないこともよく分かってないような情けない俺に、俺が思ってたことを訴えかけてくる。なんて奴だ。涙が止まらないぜ。と身悶えしていた。アレが終わった時に、僕の色々な部分の復興を目指した。無意識ながら。

 

(こんな泣いてる情けない俺みたい奴の気持ちを歌うやつがいるならば、俺と同じような気持ちで苦しんでるやつが、この世のどこかにいるだろう。バンドを始めよう、ギターを練習しよう、コードをおぼえよう。曲をコピーしよう。何にもわからんけど歌詞書いてコード載せてた。)

 

今、思えば、馬鹿だったな。童貞の思春期なんて、あんなもんだよな。騙されたよ。あのバンドのボーカルは演技も上手くて今は役者やって朝ドラ出てやがる。関係ないけど。

 

話逸れた。

それは今で言う友人。自分に感覚が近い気がした。

その借りたCDの内の一曲を、

学校の馬鹿どもがと言う気持ちを丹精に込めて、

渡り廊下でそのバンドの歌を自分が音痴だとは知らない僕は渡り廊下で歌った。のではなくガシャーと叫んでたら、そいつがハグしてくれた。嬉しくて、そいつと同じ髪にしたくて、その夜、前髪を真っ直ぐ切った。あるあるだよな、バンドマン。

 

でも、

僕は何でか何に対しても、

ずっと劣等感やズレを感じずにはいられず、

訳のわからないことを言って、その友人達からもバリアを張って距離をとった。でも借りたCDはMDに入れて、僕の生きる世界の小さな喧騒、知りたくない真実も同時に聞こえないように、毎夜、毎夜、イヤホンで聴き続けた。ほぼ眠ることなく。

 

今は母とも思えぬが、

その当時、ある意味、宗教、俺の1番近くにいる唯一の存在、母の為に必死に勉強して、学校で番狂わせ起こしてまぁまぁ偏差値上げまくって、金のかからず、行きたくもない、鹿児島では、まぁ良い方の高校行った。周りは喜んだら驚いたり、やる時はやると思ってたよ、信じてたよ、などと抜かした。

僕は「死ねばいいのにな。」とか思ってた。

 

何年か通い、どんどん行かなくなり、

当然、辞めた。

 

意味がわからなかったからだ。

教師が言ってることも、教室の匂いも、

あそこが回ってる意味もルールも。

学校に飜る群衆達の言葉の羅列も。

奴らがあんなに、なんにでも、はしゃげる理由も。

 

バンドマンあるあると言ってるぐらいだから

バンドを始めた。

コピーバンドから始めた、最初はリードギターだった、音痴だったから。けど、バンドのボーカルが歌うより、音痴な俺が叫ぶ方が盛り上がった。

相当こいつ魅力ねーんだなって思った。

(そいつに成人式の時に土下座して借金したの覚えてる。凄い目で俺を見てた。その周りも同じように。何も恥ずかしくなかった。)

 

僕は作詞作曲を始めギターボーカルになった。

本格的になってきた。

何十人辞めた。何人か辞めさせた。

十数個バンドした。何百回とライブした。

 

なんやかんやありまして、

 

世間知らずのままバイト始めた。

偶々、今でも働いてる、というか

在籍している

僕を何がしたって、何が起こっても、

絶対にクビにしない店長と先輩に出会った。

他に、

その当時の鹿児島のバンドの先輩達ってのは、

超体育会系でゴリゴリに怖かったし、

必要以上にビクついて、ヘコヘコしてた。

なのに裏では根拠のない自信から大口叩いてた。

そりゃ自然に嫌われた。

ライブを見るのもするのも好きだったけど、

ライブハウス自体はステージの上以外、今も嫌い。

学校を思い出す。どこにいていいかわからん感じ。

 

けど、まぁここからが大事なマージナルマン期で、かなり重要だが面倒臭いので大幅に端折るけど、

だいたいを言えば

それなりに女の人を覚えて、適当なセックスも本気のセックスも、人並み程度のギャンブルも教わり、人並み以上の借金作ったり、殴られまくったり、逃げ回ったり、良いことも悪いことも沢山したし、良い人にも悪い人にも会った。嫌われてる人に好かれたり、その逆もあったり。干されたり。脚光を浴びたり。

 

なんやかんやあったけど、

なんやかんやあったから、

最近の僕といえば、

ツイッターやブログで書いてる感じの僕で在る。

あれは全部、本当。本当の気持ちだ。

嘘なんて一もない。嘘みたいだろ?

 

めっちゃ色々あったんだ。察してくれ。

 

ツイッターは今や僕の心の中のカテゴリとしては、

140文字の島崎の純文学風エッセイ(太宰治感)だ。

太宰の愛と苦悩の手紙。という本がある。読め。

それみたいに、

いつか書籍化してやる。

今までのブログもツイッターも歌詞もすべて。

 

ツイッターから逸れたが、

ここのブログはそれを読んで興味ある人が読みにきてくれる場所。だと思ってる。

 

Facebookは難しいね。大人ばかりだからね。変なこと書けないしね。嘘みたいな丁寧なことしか書いてねーな。

 

インスタグラムは彼女との惚気?対峙していく様?を載せるものになったね。

 

また話は、逸れたが、

こんな感じが、僕の大体の人生を

本当に8割、ザックリ端折った文であった。

 

幼少期に何も思ってなかった俺は、

あの感情が全部、大人になって、真逆になった。

殆ど欲しくなった。

居心地のいい場所と人と眠りたかったのだ。

 

何故なら、それを手に入れる方法も力も手段も知ってるからだ。何があっても生きてきたから、生かされたから、生命力、大きな声、知恵やズル賢さだけは比例して手にする。

 

でも結局、俺は、

大切な物を幾つも持ってなかったことに、

気付くのだだよ、人を傷つける度に。

 

バンドメンバーと女の人が分かりやすい。今の彼女も今までの彼女も、辞めてしまったメンバーも太珠もサポートの袰谷も。

 

常識も知らん、人との距離感の掴み方も知らん。

感情の我慢の蓋を知らん。言葉遣いを知らん。態度も悪い数千冊、本を読んできたのに、それなりに難しい資格も取ったのに生かされることなんてほぼない。なんでかもわからない。主観しかない、客観の意味がわからない。躁鬱も激しい。

所謂、世間でいう

我儘というか変人?なのかもなと思った。

 

そこで助けてくれる人や理解してくれる人もいた。真逆の人たちもいる。そりゃ人生。

 

 

 

優しくしたい。怒りたくない。

大きな声になる理由わからない。

気遣ってるつもり。楽しんでたい。

 

というか怒ってないよ。つまらなくもないよ。

でも、荒がる言葉。切れ味の鋭すぎるイントネーション、声の大きさ。してから、気付く。またやってしまってるな。どうしよう。考える。

 

でも今日も、

彼女は楽しみにしてたデートで泣いていた。

しかも俺に誕生日プレゼントを買ってくれた後だ。

俺は馬鹿だ。純粋に馬鹿だ。

 

今日、風呂入った時、思った。

 

積み上げてきたものは本当。

助けられたのも本当。

理解してたのも本当。

感謝してるのも本当。

人が徐々に好きになってるのも本当。

落ちたり落ちなかったりも本当。

不感症ぽくなってるのも本当。

でも心に最高が訪れる瞬間も本当。

最近のブログやツイッター、まず第一、歌詞だ。

それは全ては本当の本当だ。嘘1つない。

虚勢も嘘も気取りもない。必要がない。

 

何か沢山のものを気付いたつもりでいた。

気づけてる上で、それが、人にできてるまで、

思ってたね。

 

いやね、たしかに、昔の僕よりも、できるようになったこともあるのよ。少なからず。僕にありがとうって言ってくれる人がいるから。笑ってくれたら泣いてくれたりする人がいるから。

 

けど、やっぱりゼロだな。まだゼロ。またゼロ。

1にもなりきれてないわ。悪しき風習、悪しき癖だ。

 

また始めから考え直そう。

考え直しても治るわけじゃないだろうし、

纏まるわけでもない。から、

極端に逆の行動を起こしてみる。

傷つける時のタイミングを察知したその時に。

そういうことを自らやらないと何もできない。

 

 

僕の周囲の方々は偉いと思う。凄いと思う。

本当に。

よく出来た人間ばかりだ。

感動させられるんだ。毎回。

惚れてしまうんだ、たまに。

 

 

生きるよ、俺も、まだ、だから。

 

 

ごめんね、と、ありがとう。しか言えない。

好きだよ、大切だよ、って言えないかも。

まだ、そんなことを言っても、

向こうが変に苦しみ辛くなるだけだ。

こんな日々の中。

 

 

なんか眠剤効かなくて眠気来ず長くなった。

ここらで終わります。もし最後まで読んでくれた人いたら、貴重な時間をありがとうございます。お疲れ様でした。

 

(翌日、起床後:添削した。追加した箇所もある。)

 

ワガママな追伸を。

 

切実に、

何でも良いのでコメントやラインなどで意見や感想をください。希望、糧になります。

 

僕と関係が近い人は、そうでない人も

会った際などに、「あのブログのあそこさ〜」

私はこう思いました。俺はこう思った。

とか話しかけて意見してください。

 

僕は人は好きなんです。勘違いされがちだけど。

人と話すのも聞くのも好きなんです。

 

昔の僕はクソダサい虚勢と言う名のバリアと

カッコをつけて気取りながら、本当の自分を守るために必死だっただけなんだ。今は違うよ。ラフもラフだ。怖くないよ。皮肉ぽさはあるけど、噂のイメージほどはないと思う。 主観だけど。

 

以上です。

ありがとうございました。

 

来たる未来、幼少の果て、今、満身。それは絶景。

 

誕生日というものを僕も迎えました。

多くのラインやSNS、そして、

直接的に、祝いや感謝の言葉をくれた方々、

本当にありがとうございます。

 

年齢云々とやらは、

1つ前の記事に書いているので、

もう良しとして。

 

今日は驚くぐらいの晴天で、

彼女の起床時間と共に目覚め、

朝食を食べ、仕事に見送り、

溜まっていた大量の洗濯物を干し終えた。

 

何をしよう。

僕の日々なんて別に何もしないでいれるけど、

忘れる。という行為だけはしたくないから、

洗濯物のように溜まっていた日記(これとは別)や、

このブログでも書こうかと携帯を手にしたのです。

 

5.7(日)ライブがあった。

WALK INN FESを観た先輩達が、

僕らの手でも身近な場所に、その熱を少しでも、

FESに繋がるように、まぁ所謂、

「僕等の未来に繋がる」ように立ち上げた

YES FUTURE!と言う名のイベント。

 

そのイベントでツアーを組んだ2組の先輩達。

 

熊本は水俣

鹿児島は枕崎、鹿屋、志布志と、

ツアーを周り、あらゆることを学び、

帰ってきた2バンドと、僕らも含む鹿児島市内のバンドマン諸君。

 

それのファイナルがあった。

「未来」と言う言葉の意味は、

みんな、きっと、もう大体わかってる。

「わからないってことがわかってる。」

それが、恐らく、未来。

 

じゃあ、「YESの意味は?」と、

ライブ当日までに、

ワクワクやドキドキだけで終わらせぬべく、

頭捻ってた。僕は僕なりの答えを出した。

それの過程と詳しい説明を出番前に、

メンバーに強要に近い共有するべく話した。

二人、皆まで言うな。と笑ってた。僕も笑った。

 

鹿屋のみるきー#が終わり、

僕等の出番だった。演奏や曲の話はいい。

とりあえず、その考えてたことの答えを僕は話した。

そこから、またライブを続けた。

ライブは終わった。

 

綺麗な目と大きな拍手の音は、

 今でも覚えてる。

 

この空白の何ヶ月間かの間、

僕は人に力を借りながら、そして、貰いながらも、

独りよがり、我が事に必死だったのだと気付いた。

 

けど、4月の水俣でのライブから何か違った。

 

僕も誰かに何かを。と、少なからず考えていた。

無意識の意識の中。 

 

不透明な先行きの中、僕に

様々な形で純なものをくれる人達は多く、

たまには叱咤、そして、激励。

笑顔、涙、ハグ。

 

この経験や環境は僕だけで終わらせてはいけないと思った。

震災、復興、マイナスからゼロを、1からゼロを。

 

そんなに難しい場所に僕はまだ立てなくても、

隣人だけでも、これを繋げれたら。と。

 

今しかできないかもしれない。

また、やさぐれて、しなくなるかもしれない。

わからないけど、今は本気でできる。

 

あいつ変わったよな、無理してんじゃね?

綺麗事ばかりじゃない?

とか言われ出したら、最高。逆境、最高。

 

ルーツや俺のバッググラウンドは、

好きな人にしか教えないからね。

言わずもがな、見通してくれる人もいる。

 

様々な形の悪意や、様々な形の優しさがある。

だから、どちらが、どちらなのかも、

わからなくなってしまう時もあるだろう。

 

それでいいだろう。そんなものだろう。

 

 

5月9日に僕は誕生日を迎えた。

前日の発熱から始まり、なんだか、

ぬるっと歳を跨いだ気がしたが、

24歳は良い年だったよ。何はともあれ。

 

 

 

25歳の僕からなんかでも、

1つか2つ言える事があるならば、

 

「YES」の意味は「大丈夫」

 

「大丈夫だよ。と言い合える関係」は

 

きっと、「大切」という意味。

 

 

 

水俣で次に僕の中で課題として、出てくるだろうと思ってた、その答えが出たね、早速。

(.気付くの遅すぎたぐらいなんだろうけど。)

 

 

 

「頑張れ」なんて言えないな、今の僕。

「無理なく。」とも言えないな。けど、

 

「無理してる自分には気付きなさいね。

無理を無理と思わないのは強さではないよ。

気付いた時には誰の目も気にせず泣いたり笑ったり怒ったりして、その後、散々、眠って、休んでください。あなたが壊れる前に。」

 

とは思いますし言えます。経験則です。

 

25歳になっちゃった。

歳月にすら追いつけてない僕が、

25歳まで、生きてきた。

人に囲まれたから。手を差し伸べてくれたから。

 

だから、僕も25歳だから、

誰か近くの人に、

少しでも手を差し伸べれたらと思う。

 

解決してない問題、見て見ぬ振りしてる問題、

消せぬ過去、消えぬ疑念。借金の額。

周りから見たら僕にはありすぎるだろう。でも、

取り敢えず、込みでいいから、話しかけてください。

なんか話しましょう。噂とかになる前に、

目と目を見て話しましょう。

 

これからも宜しくお願い致します。

 

おめでとう。と、沢山の人が言ってくれる曜日が

一年に一回あるのならば、

何がめでたくないわけがあろうか。

否、めでたすぎる。一先ず。

 

しばらくまだ休もう。まだなんか疲れてる。

 

 

もう直ぐ鹿児島でフェスあるってよ、みんな。

また何か問題と答えが出そうだね。多くの。

おいでね。

 

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