島崎清大の「来たる未来。」

島崎清大のブログ。の様なモノ。

お前は失礼な奴だ。と叱られる為の文章。

 

未来に対して、

最早、明日、明後日に対しても、

僕は確信を持って約束できることがない。

 

どうしたらいいのだろう。

 

人に対して、恋人や恋人の親に対して、

事を成し遂げようとするメンバーや仲間に対して、

僕は只管に後ろめたさを感じている。

 

邪魔。とまでは言われきれなくても、

僕にその思想が強く残る限り、

囲む人達も戸惑い疲労し、

どうすることもできないだろうから。

 

僕は逃げたい。と思う。

夜がやってきたら特にだ。

此処まで救われて助けられて愛されたのに、

逃げたい。この漠然とした不安から、

逃げたい、というのは、死にたい。だ。

 

どうやったら楽に死ねて、

出来る限り人に迷惑をかけないかを考え、

疲れ果てたと同時に薬が効いてきて眠る。

 

死ねずに起きる。

 

生きてしまった。生かされた今日がやってくる。

それを恩返しする気力もない僕は、

また本を手に取り、曖昧な自己投影を重ね、

本を閉じた瞬間に現実がやってきて、

何も考えまい。と、また眠る。

 

眠りとは死に1番、近い状態らしい。

だから、睡眠が大事だと言われる。

頭も心も休むから。でも、僕の場合、

併発してるPTSDもあり、寝つきも寝起きも悪く、

然程、変わらない。眠ってるほうが生活してるよりは楽。

 

そんな現状、感情のニンゲンを、

優しく包み込もうなんて、

愛されたいなんて、我儘が過ぎる。

 

真面目。だと僕に言う人がいる。

嫌味かなと思う。

 

人は優しさと愛だけでは、

付き合っていけないのだ。

 

それをしっかりと様々な場所で

目撃してない、愛され方も愛し方も

知らなかったから、優しい人で在る。ということだけが僕の価値だと思ってたが、俺より優しい奴なんて死ぬほどいる。

 

でも、あなたは今、それで

仕方ないと。また君は君に嘘を吐いて、

周りにもそうですね。と同意して

無理に仕事に行き、疲弊して帰宅し、

また僕のことで悩む。重荷以外の何になり得るのだろうか。

 

死に近い眠り、よりも

眠りに近い死。をください。

 

梅雨への恐怖。

 

今日は珍しく僕にしては1人で、

そして、外で活動した。最近は、

洋楽を聴いている。声というものに、

鬱陶しさを感じる気がして、日本語だと

直接的すぎるなと、今の僕の日常ではね。

日頃はそんな事はない。

 

洋楽は英語の歌詞、そんなに分からないけれど、

音は気持ち良いし、日本語で精神を駆り立てられる事もないので、より、曲に対して集中できるし、逆に全く無の感情で聴いて、街の音を掻き消す道具としても使える。だから、洋楽はいい。

 

声、は怖いが、文字は怖くない時期に入り、

テレビもラジオも映像も喧騒も不安な僕は、

深く読書や漫画に傾倒しだした日々です。

 

帰宅後、炊事洗濯、家事料理を済ました僕は

今、時間を持て余してる。

 

太宰治ヴィヨンの妻

古谷実サルチネスを読み直し、

最近の自分の環境や感情が的確にハマってしまい、

うーむ。と深く考えてしまい、

考えきれてないということに、

深く落ち込んでしまった。

 

優しさとは何か?と考えた。

各々の容量、度量とあるだろうから、

其処まで強く断言はできないが、

僕の中では、その過程までは行き着いた。

 

まず許容は優しさだろうか。

許容は相手を傷付けないし

許容されてる事にすら相手は気付いていないかもしれない。

 

許容は当人からしたら、その殆どは我慢であり、無理をしてる状態である。パンパンに膨らんだ風船はどんな硬さのものでも先が尖ってさえいれば、いとも簡単に破裂する。

 

破裂した時には時、既に遅し。

爆発は多大な力を生み、互いに傷つく。

許容されてたと気付いていなければ尚更。

 

優しさも愛も限度を超えたら迷惑になる。

迷惑とは暴力にも憎しみにも悲しみにも呆れにも様々な形へと変化していきます。

 

だからと言って、押し黙る様に、

相手に介入しない様にしても、

疑念、不安は当人には付き纏います。

 

それを感じてしまうのも相手です。

 

あくまで他人で、あくまで他人事のはずなのに、

どうしようも1人では纏めきれず、

2人の物差しで測りながら、生活していくのが、

恋愛です。いつだって、折り合いが大事なのです。

 

恋愛程度なら、やはり飽くまで自分の人生が1番だと考えるのが普通だと僕は思います。そこで話し合いが行われず、僕の場合は、他人の人生に介入してしまい、何かを汚してしまった気がします。しかもマトモな人間なら未だしも、漠然とした不安に毎日、襲われては、何もできず、かまけてる様にしか見られず、甘んじてるのではないかという罪悪感が残るばかりです。

 

僕は優しさも許容も押し黙ることもできてないのだろうか。と昨夜から考えてました。朝になれば落ち着くだろうと必死に眠りに就こうとしたが眠れず、漠然は巨大化していくばかりで、1人の話ではなく、2人の話なので、より罪悪感はネガティヴを量産し続け、僕を飲み込もうとします。

 

僕は急いで結論してしまいます。

何故でしょうか。

それはもう僕の人生が他人の人生にとって邪魔になってる気がしてならないからです。

助けてもらったりして、感謝と大切を大丈夫を覚えたはずなのに、たった1人の一言で僕の中は一変してしまいました。

巻き込んでしまってるのではないかと。

その人の人生には不必要な部分なのではないかと思わざるを得ないのです。その根源はどこからでしょうか。

 

ゆっくり考えて、落ち着きな。

再スタートなんて何時でも切れるさ。と。

言ってくれる人達は多い。

 

そう思うし、そう思えないのだ。

再スタートはどこにある。

再スタートは始まってるかもしれない。

再スタートを見失ったかもしれない。

その時点で僕は君を見失ってるも同然でしょう。

 

大量に作ってしまったポトフは腐るのでしょう。

 

今日で5月が終わり、全てが終わり始める気がしてます。ステージやスタジオだとそんなことは思わないのに。

 

梅雨の時期がやってきます。

僕は不安です。梅雨が苦手なのです。

まだ歳月に追いつけてないのです。

 

友達に嘘をつきました。

 

きっと、大丈夫さ俺とお前も。と。

 

本当は

自分が大丈夫じゃないから、

口にしたのです。

 

その日を終える言葉が

それしか言葉が見当たらなかったのです。

 

酷く無様でした。

 

「5月」

 

早速だが、正直な話、今この状態で、

筆を執るべきか微妙な状態である。

然し乍ら、昼寝をしようとしたところ、

頭がウォンウォンと高鳴りを上げ、

心の熱を落としていくような気配がした為、

一先ず、此処に残しておくことにする。

 

WALK INN FESが終わった。

現場を目撃してない人は、

そこまで親身に感じられないだろうが、

あの現場に居た人たちは、皆、

近い感情や漠然とした熱を感じたことだろう。

そして、同じ方向を向いたことであろう。

 

完全なる主観、バンドマンやら

その日暮らしの一員などを全て除いた、

今を生きる一人間としての想いを記すことにする。

 

今年もWALK INN FESの詳細を知ったのは数ヶ月前。出演が決まったのも何ヶ月か前。

 

その期間ぐらいから僕個人に、様々な事が重なり、身体や心に異変が起き出し、沢山の人の優しさや力を貰いながら、無呼吸で生きてるかのような毎日だった。最早、何故、今、此処に存在しているのかも分からなかった。けれど、僕を笑いながら、こっちに来いよ。と呼びかけてくれ、後推ししてくれた人達は、ある人の背中を見て、同じ様な想い、その背中を受け継ぐ為に行動してる人達だった。それは僕が最近、知っただけで、本当は暫く前から、それは行われていた。無呼吸のような生活の中で、その人達の連結、その大きな背中を持つ人物の有り難みを、遅かったが、理解し、沢山、話をし、僕は少しずつ、また呼吸を始めた。

 

「無垢な信頼こそ罪なりや。」

という言葉を僕は人生経験より、

真っ向から信じている。そこは揺れない。

故、人を10割で信じる事はない。確実に。

 

然し、僕は8割でしか信じれない人をも、

10割で愛したいし10割で愛されたい。

信じるとそれは別のベクトルだと個人的に解釈している。

 

そんな事を考えていた。

 

僕は腑抜けた毎日を過ごしていた。

何かにかまけていた訳ではない、

どうしようもなかったのだ。

 

何かを起こすエネルギーやパワーの根源を、

忘れてしまい、根拠のない不安に、

毎夜、毎夜、怯えていた。

 

けれど、僕の好きな人達が、

何かを起こそうとしている、

協力しようとしている、していたのを目撃し、

こんな状態の僕でも何か出来ないかと想い、

そこへ目を向け足を向けた。

 

やりたいからやる。

好きな人達がやってるからやる。

僕は自分の為に、今の自分を知りたいから、

そこへ出向いた。

 

人それぞれの想いの大小はあるだろうが、

そのキッカケは何でもいいからだ、恐らく。

 

ガリガリに痩せ、

引きこもっていた僕の白い肌は薄く焼け、

久々に人と何か力を合わして炎天下の下、

行動を起こした僕は、とんでもなく、

既に満足していた。疲労が嬉しかった。

2日間の準備は、そこでも、人の優しさを

受けながら、無事に終わった。

 

そして、20日、21日と、

4年目となり、初のツーデイズの

WALK INN FESが行われた。

 

全てを通し、僕は愕然とした。

立ち竦んだ。

 

何故なら、

想像を絶するぐらい美しく、

果てなく雄大で、到底、今の僕の許容量を

優に超えていく景色ばかりだったからだ。

 

この鹿児島という土地で行なわれている景色だと俺は信じれずにいた。

 

 

僕は2日目が終わり、袰谷に家まで送って貰い、

帰宅して直ぐ床に倒れこみ落ち込んだ。

というより、今、この時間までも落ち込んでいる。

 

まだ足りなかった。と悔いた。

 

しかし、先述した通り、

各々の大小は確実に在る。

 

故、今の僕にしては、

頑張れた方なのではないかと、

思える部分もある。

 

もっと共有したかった。

させてほしかった。

させたかった。

 

未だエネルギーは足りない。

あの人の流した涙と、2日間を締め括った、

最後のあの言葉で僕の中で大きく繋がった。

また変わりだそうと決意した。

それは漠然としている。

人生の、どのカテゴリに属すか分からない、

いや、全てに属してしまうかもしれないからだ。

 

大切にされてきた、僕は。

紆余曲折ありながらも許されてきた。

僕も、そう在りたいと思った。

 

いつ再スタートダッシュを切れるか分からない、

なにがゴールかは分からない。

どういう方法で、

隣の人から、身近な人、

そして、そこで紡いでいく人達が、

笑顔になるかは分からない。

 

もがき方から探そう。僕は。

これを読んで、成る程。と思った人がいたら、

茶でも酒でも酌み交わして話し合おう。

 

漠然とした支離滅裂な文章であったが、

最後まで読んでくださり、有り難う。

 

最後に、

様々な事を変えてくれた僕の彼女の誕生日、

クソの端くれみたいな僕の誕生日、

力漲るWALK INN FESが在る12ヶ月の内の1ヶ月、

5月に様々な経緯からの敬意を込め、

「5月」という曲を書いたので、

その詩を載せて終わります。

 

 

 

「5月」


気付けても、気遣えず、傷つけて。
どうしていいか分からず、
僕は一先ず君の手を握りました。

その繋がった両手を逆さまにしたら、
まるで何かを祈るかのような形。
「何を祈ってるのだろう?」と僕、
「何を言っているのよ。」と君。

映画を借りて帰りました。
帰ってきて、静かな君に、静かにキスをします。
「宙に浮かぶ様な気持ちだ。」と僕、
「地に足つけて生きてね。」と君。


大事なことは、何故だか話せない君。
大事な君を、歪に離せない僕。


5月が来て終わっていく。
終わった5月に、また共に会いに行こう。
歳月を経て変わっていく。
「変わらないものも愛せるようにと。」


形。君なりの形。
重さ。君だけの重さ。
大きさ。君、故の大きさ。
楽さ、誰とも比較しなければ。


無理に無理と気付き、貴方が壊れる前に、
静かに眠れますように。と祈り、
喜怒哀楽を失う前に、僕等と、
出会えますようにと願い、この歌を終えます。

それでは、また。

 

 

 

眠気よ、来い。哀しみの土曜日。あ、もう日曜日。

書き終わってから気付いた。

長い。長すぎて添削もしないので、

誤字も多いと思います。

でも読んでくれたら嬉しいです本当に。

マジで、リアルガチで。そして、なんか意見ください。

 

始まり。

 

 

貧乏だと思ってなかった幼少期。

独りが寂しいと感じたこともなかった幼少期。

こりゃ自由で良いなって思ってた幼少期。

他の家庭や両親に憧れが皆無だった幼少期。

 

年を重ねるにつれ、

「オトナノジジョウ・ウソ・カクシゴト・ミニクサ」

を、人づてに真実を聞いたり、寝たふりをして聞き耳を立てたり、次第に理解していく上、真意も奴らの自己肯定の過程すらも見透しだす。然し乍ら、

僕の中で何かが終わっても、別に環境も家庭も俺も何もかも変わるわけではないから平気だった幼少期。諦めた幼少期。

 

僕が腑に落ちないなぁと思ってた学校の雰囲気や家での居心地の悪さ、友達のできなさ、友達風の変な空気、クラスのリーダーに従う男の子達、それを見て惚れ惚れられの女の子達。周囲との感覚の違い、教室に座っておくことが、ある日、耐えれなくなり、朝から学校が閉まるまで図書室で手当たり次第、本を読んでた小学生活。夏休みも、毎日、朝から夕方まで学校の図書室に居た。年600冊は読んでた手当たり次第。真っ白なガリガリの僕に何も聞かないでくれた出口先生という女性の図書の先生。お元気でしょうか。現在の僕の中で、時を経て、貴方は轟々と燃えています。

(とても会いたいです。)

 

思春期がやってきた。中学生になった。

劣等感を隠すためのナルシズムが生まれた。

周囲の男子と同じように

純粋にモテたかった。気取りたかった。

他の小学からきた、また新たなリーダーが生まれ、よりカーストが分かりやすくなった。

全てに属し、そいつらの普通を行い、平均より少し下に位置し、真面目に部活も行っていた。

ヒエラルキーバランスを取るため、

誰にも心配されない為。バレないようにする為。

 

中二の夏真っ盛り、思春期真っ盛りの僕に、

パンクバンドのCDとMDを貸してくれた転校生。 

 

よく聞くでしょう。

「CD再生したら僕の中の世界が変わったんだ。」

なんてやつ。

 

何が情けないのかもわからない、のに、なんか情け無さそう奴が、情けないこともよく分かってないような情けない俺に、俺が思ってたことを訴えかけてくる。なんて奴だ。涙が止まらないぜ。と身悶えしていた。アレが終わった時に、僕の色々な部分の復興を目指した。無意識ながら。

 

(こんな泣いてる情けない俺みたい奴の気持ちを歌うやつがいるならば、俺と同じような気持ちで苦しんでるやつが、この世のどこかにいるだろう。バンドを始めよう、ギターを練習しよう、コードをおぼえよう。曲をコピーしよう。何にもわからんけど歌詞書いてコード載せてた。)

 

今、思えば、馬鹿だったな。童貞の思春期なんて、あんなもんだよな。騙されたよ。あのバンドのボーカルは演技も上手くて今は役者やって朝ドラ出てやがる。関係ないけど。

 

話逸れた。

それは今で言う友人。自分に感覚が近い気がした。

その借りたCDの内の一曲を、

学校の馬鹿どもがと言う気持ちを丹精に込めて、

渡り廊下でそのバンドの歌を自分が音痴だとは知らない僕は渡り廊下で歌った。のではなくガシャーと叫んでたら、そいつがハグしてくれた。嬉しくて、そいつと同じ髪にしたくて、その夜、前髪を真っ直ぐ切った。あるあるだよな、バンドマン。

 

でも、

僕は何でか何に対しても、

ずっと劣等感やズレを感じずにはいられず、

訳のわからないことを言って、その友人達からもバリアを張って距離をとった。でも借りたCDはMDに入れて、僕の生きる世界の小さな喧騒、知りたくない真実も同時に聞こえないように、毎夜、毎夜、イヤホンで聴き続けた。ほぼ眠ることなく。

 

今は母とも思えぬが、

その当時、ある意味、宗教、俺の1番近くにいる唯一の存在、母の為に必死に勉強して、学校で番狂わせ起こしてまぁまぁ偏差値上げまくって、金のかからず、行きたくもない、鹿児島では、まぁ良い方の高校行った。周りは喜んだら驚いたり、やる時はやると思ってたよ、信じてたよ、などと抜かした。

僕は「死ねばいいのにな。」とか思ってた。

 

何年か通い、どんどん行かなくなり、

当然、辞めた。

 

意味がわからなかったからだ。

教師が言ってることも、教室の匂いも、

あそこが回ってる意味もルールも。

学校に飜る群衆達の言葉の羅列も。

奴らがあんなに、なんにでも、はしゃげる理由も。

 

バンドマンあるあると言ってるぐらいだから

バンドを始めた。

コピーバンドから始めた、最初はリードギターだった、音痴だったから。けど、バンドのボーカルが歌うより、音痴な俺が叫ぶ方が盛り上がった。

相当こいつ魅力ねーんだなって思った。

(そいつに成人式の時に土下座して借金したの覚えてる。凄い目で俺を見てた。その周りも同じように。何も恥ずかしくなかった。)

 

僕は作詞作曲を始めギターボーカルになった。

本格的になってきた。

何十人辞めた。何人か辞めさせた。

十数個バンドした。何百回とライブした。

 

なんやかんやありまして、

 

世間知らずのままバイト始めた。

偶々、今でも働いてる、というか

在籍している

僕を何がしたって、何が起こっても、

絶対にクビにしない店長と先輩に出会った。

他に、

その当時の鹿児島のバンドの先輩達ってのは、

超体育会系でゴリゴリに怖かったし、

必要以上にビクついて、ヘコヘコしてた。

なのに裏では根拠のない自信から大口叩いてた。

そりゃ自然に嫌われた。

ライブを見るのもするのも好きだったけど、

ライブハウス自体はステージの上以外、今も嫌い。

学校を思い出す。どこにいていいかわからん感じ。

 

けど、まぁここからが大事なマージナルマン期で、かなり重要だが面倒臭いので大幅に端折るけど、

だいたいを言えば

それなりに女の人を覚えて、適当なセックスも本気のセックスも、人並み程度のギャンブルも教わり、人並み以上の借金作ったり、殴られまくったり、逃げ回ったり、良いことも悪いことも沢山したし、良い人にも悪い人にも会った。嫌われてる人に好かれたり、その逆もあったり。干されたり。脚光を浴びたり。

 

なんやかんやあったけど、

なんやかんやあったから、

最近の僕といえば、

ツイッターやブログで書いてる感じの僕で在る。

あれは全部、本当。本当の気持ちだ。

嘘なんて一もない。嘘みたいだろ?

 

めっちゃ色々あったんだ。察してくれ。

 

ツイッターは今や僕の心の中のカテゴリとしては、

140文字の島崎の純文学風エッセイ(太宰治感)だ。

太宰の愛と苦悩の手紙。という本がある。読め。

それみたいに、

いつか書籍化してやる。

今までのブログもツイッターも歌詞もすべて。

 

ツイッターから逸れたが、

ここのブログはそれを読んで興味ある人が読みにきてくれる場所。だと思ってる。

 

Facebookは難しいね。大人ばかりだからね。変なこと書けないしね。嘘みたいな丁寧なことしか書いてねーな。

 

インスタグラムは彼女との惚気?対峙していく様?を載せるものになったね。

 

また話は、逸れたが、

こんな感じが、僕の大体の人生を

本当に8割、ザックリ端折った文であった。

 

幼少期に何も思ってなかった俺は、

あの感情が全部、大人になって、真逆になった。

殆ど欲しくなった。

居心地のいい場所と人と眠りたかったのだ。

 

何故なら、それを手に入れる方法も力も手段も知ってるからだ。何があっても生きてきたから、生かされたから、生命力、大きな声、知恵やズル賢さだけは比例して手にする。

 

でも結局、俺は、

大切な物を幾つも持ってなかったことに、

気付くのだだよ、人を傷つける度に。

 

バンドメンバーと女の人が分かりやすい。今の彼女も今までの彼女も、辞めてしまったメンバーも太珠もサポートの袰谷も。

 

常識も知らん、人との距離感の掴み方も知らん。

感情の我慢の蓋を知らん。言葉遣いを知らん。態度も悪い数千冊、本を読んできたのに、それなりに難しい資格も取ったのに生かされることなんてほぼない。なんでかもわからない。主観しかない、客観の意味がわからない。躁鬱も激しい。

所謂、世間でいう

我儘というか変人?なのかもなと思った。

 

そこで助けてくれる人や理解してくれる人もいた。真逆の人たちもいる。そりゃ人生。

 

 

 

優しくしたい。怒りたくない。

大きな声になる理由わからない。

気遣ってるつもり。楽しんでたい。

 

というか怒ってないよ。つまらなくもないよ。

でも、荒がる言葉。切れ味の鋭すぎるイントネーション、声の大きさ。してから、気付く。またやってしまってるな。どうしよう。考える。

 

でも今日も、

彼女は楽しみにしてたデートで泣いていた。

しかも俺に誕生日プレゼントを買ってくれた後だ。

俺は馬鹿だ。純粋に馬鹿だ。

 

今日、風呂入った時、思った。

 

積み上げてきたものは本当。

助けられたのも本当。

理解してたのも本当。

感謝してるのも本当。

人が徐々に好きになってるのも本当。

落ちたり落ちなかったりも本当。

不感症ぽくなってるのも本当。

でも心に最高が訪れる瞬間も本当。

最近のブログやツイッター、まず第一、歌詞だ。

それは全ては本当の本当だ。嘘1つない。

虚勢も嘘も気取りもない。必要がない。

 

何か沢山のものを気付いたつもりでいた。

気づけてる上で、それが、人にできてるまで、

思ってたね。

 

いやね、たしかに、昔の僕よりも、できるようになったこともあるのよ。少なからず。僕にありがとうって言ってくれる人がいるから。笑ってくれたら泣いてくれたりする人がいるから。

 

けど、やっぱりゼロだな。まだゼロ。またゼロ。

1にもなりきれてないわ。悪しき風習、悪しき癖だ。

 

また始めから考え直そう。

考え直しても治るわけじゃないだろうし、

纏まるわけでもない。から、

極端に逆の行動を起こしてみる。

傷つける時のタイミングを察知したその時に。

そういうことを自らやらないと何もできない。

 

 

僕の周囲の方々は偉いと思う。凄いと思う。

本当に。

よく出来た人間ばかりだ。

感動させられるんだ。毎回。

惚れてしまうんだ、たまに。

 

 

生きるよ、俺も、まだ、だから。

 

 

ごめんね、と、ありがとう。しか言えない。

好きだよ、大切だよ、って言えないかも。

まだ、そんなことを言っても、

向こうが変に苦しみ辛くなるだけだ。

こんな日々の中。

 

 

なんか眠剤効かなくて眠気来ず長くなった。

ここらで終わります。もし最後まで読んでくれた人いたら、貴重な時間をありがとうございます。お疲れ様でした。

 

(翌日、起床後:添削した。追加した箇所もある。)

 

ワガママな追伸を。

 

切実に、

何でも良いのでコメントやラインなどで意見や感想をください。希望、糧になります。

 

僕と関係が近い人は、そうでない人も

会った際などに、「あのブログのあそこさ〜」

私はこう思いました。俺はこう思った。

とか話しかけて意見してください。

 

僕は人は好きなんです。勘違いされがちだけど。

人と話すのも聞くのも好きなんです。

 

昔の僕はクソダサい虚勢と言う名のバリアと

カッコをつけて気取りながら、本当の自分を守るために必死だっただけなんだ。今は違うよ。ラフもラフだ。怖くないよ。皮肉ぽさはあるけど、噂のイメージほどはないと思う。 主観だけど。

 

以上です。

ありがとうございました。

 

来たる未来、幼少の果て、今、満身。それは絶景。

 

誕生日というものを僕も迎えました。

多くのラインやSNS、そして、

直接的に、祝いや感謝の言葉をくれた方々、

本当にありがとうございます。

 

年齢云々とやらは、

1つ前の記事に書いているので、

もう良しとして。

 

今日は驚くぐらいの晴天で、

彼女の起床時間と共に目覚め、

朝食を食べ、仕事に見送り、

溜まっていた大量の洗濯物を干し終えた。

 

何をしよう。

僕の日々なんて別に何もしないでいれるけど、

忘れる。という行為だけはしたくないから、

洗濯物のように溜まっていた日記(これとは別)や、

このブログでも書こうかと携帯を手にしたのです。

 

5.7(日)ライブがあった。

WALK INN FESを観た先輩達が、

僕らの手でも身近な場所に、その熱を少しでも、

FESに繋がるように、まぁ所謂、

「僕等の未来に繋がる」ように立ち上げた

YES FUTURE!と言う名のイベント。

 

そのイベントでツアーを組んだ2組の先輩達。

 

熊本は水俣

鹿児島は枕崎、鹿屋、志布志と、

ツアーを周り、あらゆることを学び、

帰ってきた2バンドと、僕らも含む鹿児島市内のバンドマン諸君。

 

それのファイナルがあった。

「未来」と言う言葉の意味は、

みんな、きっと、もう大体わかってる。

「わからないってことがわかってる。」

それが、恐らく、未来。

 

じゃあ、「YESの意味は?」と、

ライブ当日までに、

ワクワクやドキドキだけで終わらせぬべく、

頭捻ってた。僕は僕なりの答えを出した。

それの過程と詳しい説明を出番前に、

メンバーに強要に近い共有するべく話した。

二人、皆まで言うな。と笑ってた。僕も笑った。

 

鹿屋のみるきー#が終わり、

僕等の出番だった。演奏や曲の話はいい。

とりあえず、その考えてたことの答えを僕は話した。

そこから、またライブを続けた。

ライブは終わった。

 

綺麗な目と大きな拍手の音は、

 今でも覚えてる。

 

この空白の何ヶ月間かの間、

僕は人に力を借りながら、そして、貰いながらも、

独りよがり、我が事に必死だったのだと気付いた。

 

けど、4月の水俣でのライブから何か違った。

 

僕も誰かに何かを。と、少なからず考えていた。

無意識の意識の中。 

 

不透明な先行きの中、僕に

様々な形で純なものをくれる人達は多く、

たまには叱咤、そして、激励。

笑顔、涙、ハグ。

 

この経験や環境は僕だけで終わらせてはいけないと思った。

震災、復興、マイナスからゼロを、1からゼロを。

 

そんなに難しい場所に僕はまだ立てなくても、

隣人だけでも、これを繋げれたら。と。

 

今しかできないかもしれない。

また、やさぐれて、しなくなるかもしれない。

わからないけど、今は本気でできる。

 

あいつ変わったよな、無理してんじゃね?

綺麗事ばかりじゃない?

とか言われ出したら、最高。逆境、最高。

 

ルーツや俺のバッググラウンドは、

好きな人にしか教えないからね。

言わずもがな、見通してくれる人もいる。

 

様々な形の悪意や、様々な形の優しさがある。

だから、どちらが、どちらなのかも、

わからなくなってしまう時もあるだろう。

 

それでいいだろう。そんなものだろう。

 

 

5月9日に僕は誕生日を迎えた。

前日の発熱から始まり、なんだか、

ぬるっと歳を跨いだ気がしたが、

24歳は良い年だったよ。何はともあれ。

 

 

 

25歳の僕からなんかでも、

1つか2つ言える事があるならば、

 

「YES」の意味は「大丈夫」

 

「大丈夫だよ。と言い合える関係」は

 

きっと、「大切」という意味。

 

 

 

水俣で次に僕の中で課題として、出てくるだろうと思ってた、その答えが出たね、早速。

(.気付くの遅すぎたぐらいなんだろうけど。)

 

 

 

「頑張れ」なんて言えないな、今の僕。

「無理なく。」とも言えないな。けど、

 

「無理してる自分には気付きなさいね。

無理を無理と思わないのは強さではないよ。

気付いた時には誰の目も気にせず泣いたり笑ったり怒ったりして、その後、散々、眠って、休んでください。あなたが壊れる前に。」

 

とは思いますし言えます。経験則です。

 

25歳になっちゃった。

歳月にすら追いつけてない僕が、

25歳まで、生きてきた。

人に囲まれたから。手を差し伸べてくれたから。

 

だから、僕も25歳だから、

誰か近くの人に、

少しでも手を差し伸べれたらと思う。

 

解決してない問題、見て見ぬ振りしてる問題、

消せぬ過去、消えぬ疑念。借金の額。

周りから見たら僕にはありすぎるだろう。でも、

取り敢えず、込みでいいから、話しかけてください。

なんか話しましょう。噂とかになる前に、

目と目を見て話しましょう。

 

これからも宜しくお願い致します。

 

おめでとう。と、沢山の人が言ってくれる曜日が

一年に一回あるのならば、

何がめでたくないわけがあろうか。

否、めでたすぎる。一先ず。

 

しばらくまだ休もう。まだなんか疲れてる。

 

 

もう直ぐ鹿児島でフェスあるってよ、みんな。

また何か問題と答えが出そうだね。多くの。

おいでね。

 

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誕生日の友人が2人、子供の日。

 

世間はGWという真面目に生きてる

正社員という名の尊敬すべき人たち、

しかも、そこそこのしっかりした勤め所ならば、

本当にゴールデンなウィークで、

遠出したり、日々の中、できなかったことを、

取り戻している人もいることだろう。

 

逆にサービス業と言われる職業や、

本当は働きたくない若いバンドマン達は、

なにがゴールデンウィークじゃい。と、

腹を立てているかもしれないし、

ゴールデンウィークが来た、こりゃ稼ぎ時や!

と、袖まくりして鼻息荒げてる人もおるかもしれない。

 

ということを毎日がゴールデンウィークみたいな

状態の俺が馬鹿みたいに偉そうに記しているのも、

気にくわないね、全く。僕自身がそうだから、

読者もきっと同じ要領だろうね。

 

でも、今日は子供の日。5月5日。

今日、誕生日の大好きな僕の友人が2人もいる。

23歳になる男と25歳になる男だ。

どちらも、もう長い付き合いになる。

まだそんなに長く生きてないのに、

長い付き合いってことは、僕としては、

とても濃い付き合いってことになる。

 

 

●ここからはあくまで、

僕の人生の経験則や周囲を見渡しての見解、

大好きな大人達から頂いた言葉の咀嚼物、つまり、

超持論になります故、若造が何を偉そうに、など、

憤慨する方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかも人間、みんな、別。人それぞれ、

個人差。って言葉を使うと、面白みがないので、

それは度外視しましょうよ、互いに今日だけ。

 

僕もまだ24年間しか生きてきてないので、

その中で貰った言葉、気付いたことだけを

記してるだけなので、ご注意ください。

 

●賛否両論あるでしょう、そりゃ。

賛も否もコメントより会った際、又は電話、

sonohigurashi2015@gmail.com宛の

個人的連絡で頂けたら幸いです。

※できるだけ、優しい言葉尻で、お願いします。

 

 

●23歳。

18-22歳ぐらいまでは大体の人がマージナルマンだ。

思春期を経て青年期に突入し、短大に行くか

大学に行くか、専門学校か、

それか目的の為にどんな形であれ働き出すか。

 

友人だった人々も様々な場所へ行き、

様々な方向性へと変わって行く。

 

ある程度の教育過程を終え、

厨二病高二病やら思春期を終えたものの、

しかし、それらの名残の物事や人々への多感期や、

心中の悶々や、性欲だけは、グイグイと、伸びて行く。今までとは少し勝手が違うからだ。

 

だから、22歳は問題が多発し、

それを、思案したり、

論理づけようとしたり、悩みが沢山だ。

もうこの世の終わりだ。と思う回数も、きっと、

生涯の中でも最も多いのではないだろうか。

 

●それを終え、23歳-24歳になると、

マージナルマンを経て青年期に突入する。

 

抱えていた問題、悩み、闇が、ふとした瞬間、

解け出したり、明るみに出たりする。

それは思考しまくったからだ。と自信になる。

(男女差とかもあるだろうが今回は✖︎)

だから、とても、調子付いて行く。

しかし、厄が訪れる。

(私個人的には厄とか迷信とかジンクスとか超信じる。)

 

まぁ。厄のせいなのか、なんなのか、

自分ではどうしようもない事件や問題も多発する。

そこで気づく、俺の持って来た自信なんて、

役に立たんのではないかと落ち込む。

 

そこで気付く。

こりゃ人の力を借りねばならん。

打算的だろうが純な感情だろうが、

人の力を必要とすることが、頻繁に増える。

 

そこで人の大切さを思い知り、

独りの難しさに気付かされる。

だから、傷つけたことにも敏感になり、

人の気持ちに気付けるようになったり、

自分らより歳上の方たちの話を、

本当の意味で聞けるようになる。

納得までも今までより早くなる。

尊敬の念も強くなる。感謝だ。と。

昔、嫌いだった大人が言ってた言葉すらも、

ある日、合点したりすることさえ、ある。

 

25歳に突入する友人。

僕と同じような人種で、

目的の為に、数々の物を蔑ろにしてきたり、

やはり受け皿が狭く溢れ出て、

覆水盆に返らずという言葉も知らぬ内に忘れ、

必死に両手使って水を盆に返そうと慌てだす。

 

うまいこと、というと

必死に働いてる方々に語弊があるかもしれないが、

 

僕とその友人のように、やるべきことやらず、

やりたいことだけをやって、

これが楽しいんだ、楽なんだと、

俺にはこれしかないんじゃと高を括り、

何処かに理由をつけて休息だと、

酒ばかり呑んでは酔い、互いの持論をドヤ顔で、

ぶつけ合い、あたかも大人のツラしてきた属性。

 

ではない方々は、しっかり働き、もう新卒も終わり、ある程度のお仕事も落ち着きつつあり、貯蓄なんかもあって、車の免許も、ましてや車も持ってたり、いつからか付き合ってた彼女と、あら結婚したりしたわ!

などと、SNSなんかでガンガンに知り出す。

焦りはせんが、ほう、こんな歳になったかなどと、

平静を装ってみたりして、あら、ほとほと情けない。

 

25歳っていう言葉がもう重い。馬鹿が。

4分の1世紀とかいうと、もう手に負えない。

青年期終わり大人に突入する。ということに、

見て見ぬフリしてたフリも、もうできなくなる。

こりゃいかん、誠に遺憾。

 

感謝の意味は殆ど分かり始めていた、はず。

しかし、大切の意味とやり方が分からぬ。

心と体と脳のバランス、思考論理経験哲学も、

ぐっちゃぐっちゃになること多し。困惑。

死にたくなる日も増えた気がする。

いや、気のせい気のせい。眠りつく。起きる。

日々は続く。その中で、

 

●だけど、僕等は思い出す、きっと。

 

孤独なんて風景だ友達だ。

後ろを振り返れば、

歪ながらも、しっかり自分の足跡の残りもあり、

右をチラッと見てみれば人がおり、

左をふと見たら、酒酌み交わした友がいる。

またもや俯き下を向いていても、見慣れた風景。

 

案外、楽チンかも、と。

人って勝手に生きていくんだな。と。

 

そこで、生きたいと強く願う。

 

生きてきた自信よりも、

恋人を失った悲しみよりも、

 

生きていたい、死にたくない。

誰かを愛したい、誰かに愛されたい。

願望を実現させるべく、また走り出す。

 

向かうべき場所は死に場所ではない、

皆、ルートも走り方もスピードも違うが、

その前のキリのいい10年後、35歳だ。

 

俺らが大好きで、お世話になりまくってる世代の、

その人たちみたいになれてるか。だ。

 

その時に、酒を飲んで友と管を巻いたこと、

その当時、信じた恋愛や愛した人の横顔、

この瞬間に、死ぬほど、悩んだことを、

あのとき、ああだった。と

「何でもないソレを思い出せるか」だけなんだ。

 

悩めてることに、答えがわかり出す前に、

俺ら、今、頑張ってるフリでなく、

それぞれ頑張ってる。と頑張ろうぜ。と、

言えるかどうかだけだ。

 

文字にすれば単純だが、

そうもいかない。だから、生きてる。

答えなんか見つからない。それこそ死ぬ瞬間。

だから、生きる、生きたい、悩む、もがく。

もがき方から探す。人と会う。

 

人に会うのが怖い時とかある。

誰とも会えない、誰と会っていいか分からん。

風呂に入る前の気だるさと変わらない。

風呂に入って後悔することなんて、殆どない。

 

沢山の大人たちが与えてくれるキッカケを、

スタートの合図として、走り出す。

ペースも走り方もスピードも、

一切、人と比較するものではない。

それをする奴は俺は嫌う。

僕を囲んでくれる人達の中には先ず居ない。

 

●大丈夫だ、俺も友も。確信なんかないけど。

まだ25歳だもん。核心も知らないもん。

これからのこと知らないんだもん。

生きててよかったね、生きてるね。

生きていこうね。革新していこうね。

 

 

お誕生日おめでとう!

僕と友達になってくれて、ありがとう!

 

 

というか、なんか今、偶々、躁で爽な想なんで、

それ以外の人々にも幸多からんことを。

心より。

 

 

長文、駄文、ご拝読、ありがとうございました。

 

ああ、楽しかった。自己満足で終わるかな?笑

 

 

 

 

 

『孤独は景色で、一瞬。』

おはよう。調子はどうだい?

➖ 

21日は福岡四次元で

お世話になってる仁禮健太さんを

四次元から見送る会。

そして、昨夜、23日は鹿児島SR HALLで、

沢山の人達の協力を借りた、のではなく、

頂きまくってのレコ発ライブ。

 ➖

昨夜まで、ここ暫くの間、

心の何処か、ずっと気を張り詰めていた。

21日の福岡の打ち上げ抜けて、

会いたい人に会って酒を酌み交わした後の、

福岡の早朝での、帰りのバス内でも

薄っすら考えてたりしてたのだけれど。

昨日、ライブ終わって、

乾杯打ち上げ終わって、予想に反し、

みんなドンドン帰って行ってしまい、

打ち上がるつもりだった僕は、

やけに寂しくなり、一人で帰るのも不安になり、

SRに戻り、寿山さんとタツマと

珈琲飲みながら、夜を振り返ってた。

話聞いたり、聞いてくれたり。確認したり。

そして、金、日と、2つの夜に、

僕らが演奏してた時間の、あの瞬間の、

見てくれてた人達の表情や、

(恥ずかしいのでチラチラしか見れてない)

その人たちがくれた言葉を思い返していた。

諸々な理由で

ここ最近の僕の日々は、やけに冷静で、そんなに熱くなったり、悲しくなったり、泣いたり、怒ったり、テンションぶち上がったりが減っていた。

なのに、それらと反比例して、好きな彼女を泣かせたり、優しいメンバーを困らせたり、周囲の人に気を遣わせたり、二者択一ができなくなったり。そんな日々だった。

ほぼほぼ締め作業が終わったSR HALLに

話終わった後も、腰掛けさせてもらい、

ゆっくりと独りタバコを吸っていた。

 ➖

「あ。なるほどな。」と思った。

昨日のMCは、「ありがとう」と「感謝」という言葉を、本当に、多々、使っていたと思う。その言葉にはそれ以上も以下もないから。

本当にその言葉通りしか意味も理由も、

それしかないから。

 ➖

ついこの間までの僕と言えば、

元々、感情がガバガバで、

ガバオ君とアダ名がついてしまうぐらいの、

+100 〜 -100までの感情の起伏と、

付き合いながら、生活して、

それに人に付き合ってもらってたような

感覚だった。

 ➖

でも、最近の日々の中で心の動きは、

マイナスもすぎることもなければ、

プラスすぎることもない。

だから、なんか見失ってる気がしたり、

無くしてしまったものがあるような気がしていた。

 ➖

根拠のない自信は生きる上で本当に大切ですね。

それの逆で、

根拠のない不安は生きる上で最も怖いのですね。

そう思ってた。漠然と何かに怯えてた。

「素直と純粋」の意味とやり方が

分からなくなった。

分かってたし、できていたのに。

 ➖

でもね。昨日と福岡での

僕ら3人、その日暮らしのライブ。

先述した僕が忘れてたように感じていた、

その何かしらたちを、集めに行ったのか、

皆様の力で集まってきてたのかは分からないけど、

個人的に、それが僕の心と頭の中に明確にあった。

キラッと光っていた。まばゆく。

 

興奮でも不安でもない、

あの何とも言い難い独特な空間、

ライブハウスのステージの上で、

僕はそれと再会していたのだ。

「よう、久しぶり。」と握手していた様な。

煙草が消えかける瞬間に一旦、結論づけた。

 ➖

沢山の人がいる。

沢山の種類の人がいる。

良い感情も悪い感情も、大きさなんて、

他人と比較するものではない。

大も小も、その人達、それぞれ違う。

 

それが良いものなのか、悪いものなのか、

分からなくなったり不安になったり、

逆に、

確信めいてたり、教えてあげたかったりするから、人は人と出会い続け、恋をしたりされたり、先輩や後輩となったり、友達や親友となったり、

色んな関係(カテゴリ)が産まれていく。

その中で.

話し続け、たまには口論になり、

傷つけ傷つけられ、気付き、気付かされる。

 ➖

キッカケは、いつだって、近くにあるし、

誰かが持ってくれている。

自分たちの中にだって、絶対にある。

それに、いつ気付くかだけの問題。

分からないなら、出来ないなら、待てばいい。

誰か気付いてくれる。

そんな人が実はたくさんいる。

そんな場所が実はたくさんある。

己の心のフィルターを少し薄くするだけ。

 ➖

無理はし過ぎないように、

無理を無理と思わないことに、

できるだけ気を付けて。それに気付いて。

 ➖

きっと、大丈夫さ、僕も君も。

人が居るから。話が出来るし、

そんな街があるから。

 ➖

次は、きっと、僕は、

「大切 」という言葉の、本当の意味や、

やり方を知ることになるような気がしてる。

確実にくる。というか、取りに行く。

 ➖

僕の周りに居てくれる人達に、

心よりの感謝を込めて、今日は、

此処で一旦、筆を置きます。

 

読んでいただき、というか、

いつも、何かしら、

ありがとうございます。

 

これからも、よろしく。

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